鷲尾翼のブログ

【エッセイ】最終回『35mmの気持ちで/シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』

  突然ですが、今年の2月頃から始まったエッセイ「35mmの気持ちで」が、今日で最終回を迎えます。元々、今年いっぱいの企画としてスタートして、無事計画通りの着地を迎えましたが、やっぱり「最終回」という言葉は達成感と喪失感があることを、今思います。約一年間、ありがとうございました。

  この一年間の連載で思ったこと、感じたことは、また後日「あとがき」として色々語ろうかと思います。

 

  では、本題へ。

 

  この連載を通して、僕は改めて孤独だと思う。

  そして、音楽を優先する。

 

  「孤独」とは自虐という甘えと、残酷な現実を突きつける。

  ある人は「友達がいない」「私は孤独な人生を送っている」と嘆く人を「オナニー中毒者」と例える。自分を無様に傷つけて、その先の高揚感、開放感、爽快感を覚えた体は再びその行動を繰り返す。僕もその中毒者のひとりだ。

  そして、中毒にもならず、飽きて、その現実から抜け出そうと思う時、自分には何もないことを打ちつけられる。解決策も浮かばず、途方に暮れて、一秒一秒進んでいく時間にも苦しくなる時、毒を欲するだろう。

  それを客観的に見ると、生き地獄のような人間の救えない残酷の中、生きるしかない。

 

  僕にとって「孤独」とは、事実でしかない。

  孤独な人生、自分の姿を他人に共感を求めても、たとえ共感を得ても、結局孤独は孤独のままだ。

 

  しかし、孤独はエネルギーになる。

  孤独から生まれる苦しみを、美化や侮辱をせず、そのまま飲み込むことで、誰にも負けない創造力に転換出来る。

  だからこそ、孤独という現実とは、真正面から向き合うべきだ。

 

  「音楽」とは一糸乱れぬ正確性と、その瞬間でしか生まれない創作がある。

  クラシックは壮大で華麗な美しさがある。その凄味を生み出すものは「楽譜」だ。各パートが一斉に楽器を弾き、ミス一つ無く演奏するためには楽譜は必要不可欠だ。しかし、楽譜は呪いだ。楽譜に書かれている音符ひとつひとつを完璧に演奏することが当たり前で、ミスをするごとに演奏者に対する減点になってしまう。

 

  ジャズは独創で儚い面白さがある。その凄味を生み出すのは「技巧」だ。不規則なドラムが独特なリズムを生み、深みのあるベースがグルーヴを生む。そこにピアノやギターのアドリブで、その瞬間でしか生まれない唯一無二の音楽が生まれる。しかし、技巧はギャンブルだ。自分にしか弾けないと思うテクニックに需要はどれくらいあるのだろうか。その疑念と戦い続けるには、自分を信じ続けるしかない。

 

  僕にとって「音楽」は、趣味のひとつだ。

  好きな音楽を聴き、好きな楽器を弾き、好きな楽曲を創作する。その「好き」という言葉の中には、趣味という単純な遊び心がある。

 だからこそ、自分だけの音楽を大切にするべきだ。

 

  これからも僕は孤独で、音楽を愛して、生きるだろう。

  35mmの気持ちの、些細な気持ちで。

 

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【本日の映画】

監督:庵野秀明(総監督)、鶴巻和哉中山勝一前田真宏
出演:緒方恵美林原めぐみ宮村優子坂本真綾三石琴乃山口由里子石田彰立木文彦清川元夢山寺宏一神木隆之介など
制作:2021
1990年代に社会現象を巻き起こしたアニメシリーズで、2007年からは『新劇場版』シリーズとして再始動した4部作の最終作となるアニメーション。汎用型ヒト型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオンに搭乗した碇シンジ綾波レイ式波・アスカ・ラングレー真希波・マリ・イラストリアスたちが謎の敵「使徒」と戦う姿が描かれる。

 

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