鷲尾翼のブログ

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【エッセイ】#21『1時間の人生/きみに読む物語』

 僕には叶えたい、というより、やり残したいことがある。

 それは、人生の記録の一冊の本に残すことだ。

 

 僕は今、23年という短い時間を過ごしてきたが、他の人より過酷な時間を過ごしてきたと思っている。

 学校生活で言えば、小学校、中学校、高校とそれぞれの環境でいじめられたり、精神的に参ってしまう、言わば鬱のような状態を12年間過ごしてきた。それから、環境が変わればまた鬱になり、今現在、音楽家、文筆家、芸術家と三足の草鞋という未開の地でただひとり苦しみ、もがきながら、自分で選んだ道を時に後悔しながらも活動をしている。

 そして、この三足の草鞋の人生に、正解はない。なので、これからも過酷な人生を歩み、死んでゆくだろう。

 

 もちろん、成功を掴み、テレビや雑誌、ラジオなどのメディアに出て、ある人の憧れの対象になりたい。しかし、このままでは、ただの自信過剰な愚か者だ。

 そんな自分が唯一凄味の人に与えるには、膨大な時間と経験を手頃に提供することだ。

 そのためには、先ほどの学生時代の話や苦労、今、そしてこれからの出来事を記録として残す必要がある。

 

 ある人は人生を「1時間のドラマ」と例えた。

 人生を長針、短針で表す一周60分の時計で、1年を1分とする。最初の20分、つまり20歳になるまでは主人公の性格、働いている場所、人間関係など、人生の説明や軸を紹介、形成している。

 30歳、40歳と迎えれば、その都度ある転機が訪れ、ドラマの展開となる。そして、クライマックスの50分辺りになれば、そのドラマは結末を迎える。

 

 誰がこの例えを言ったのか、未だに思い出せないが、僕の人生を表すには一番の例えだ。

 そう考えると、僕の人生はノンフィクションだが、少しフィクションも混じる一つの純小説なのだろう。

 

 この題名のない純小説を誰かが読んでいる頃には、僕は死んでいる。ましてや、この純小説を読まれない可能性だってある。

    僕が孤独死を迎え、廃れて、少し溶けてしまうほど時が過ぎた時に、何も知らない清掃員に捨てられてしまうほうが、正直可能性が高い。

 

 僕が死んでいる以上、抵抗も悪足掻きも出来ない未来を信じるしかない。

    そして、こうやって僕は文筆家としてひとつの時間の経過を、文字に起こして余生を迎えるしかない。

 

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【本日の映画】

監督:ニック・カサヴェテス
出演:ライアン・ゴズリングレイチェル・マクアダムス
制作:2004
『メッセージ・イン・ア・ボトル』などで知られるニコラス・パークスのベストセラー小説を映画化。身分違いの純愛を貫く若き恋人同士の情熱的な愛と彼らの行く末がつづられる。

 

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