鷲尾翼のブログ

【エッセイ】最終回『桜の森のリズム』

 2019年2月末から続けていたエッセイ「桜の森のリズム」も今日で最後となりました。

 まずは、読者のみなさんありがとうございました。

 

 僕が「音楽家・文筆家・画家」として活動し始めてすぐに始めたのがこのエッセイでした。

    活動し始めたばかりの企画は最初はすごく張り切って後半クールダウンする傾向がありますが、約1年半前の最初の文章も今と変わらず、今日まで続けてみました。これもエッセイの魅力です。

 自主計画なので、始めるときも終わるときも自分の決断ですが、終わる理由は色々あります。個人的なことから環境の問題、本当に色々あるのだが、結局は「気持ちの切り替え」のような部分が大きいと思います。

 エッセイのテーマも決めず、ただ週に1回ブログに投稿することを続けただけなので、エッセイというよりブログ、日記に近いものを続けました。その違和感が継続力に影響して最終回を迎えることになりました。

 

 僕が「文筆家」という職業を志すきっかけになったのは星野源のエッセイ「働く男」を読んでからだった。

 高校3年の1月、進路が決まり冬休みを悠々と過ごしている頃、Amazonで何気なく買った文庫版の「働く男」。当時の僕は生粋の読書オンチで、活字だらけの小説はもちろん、漫画もちゃんと読めなかった。

 しかもよりによって、本のサイズも小さく文字が凝縮された文庫版を購入してしまい、手元に届いた当時は軽いショックを受けた。

 しかし、当時の僕にとっては、なけなしの小遣いで買ったものだったので、半分後悔も混ざりながら「働く男」を読み始めた。

 1ページ1ページ必死にゼェゼェ息を切らしながら読み進めて、手軽に読める文庫本のメリットを無視して、3か月かけて読み切った。

 

 正直本の内容は覚えていない。それよりも読書オンチの僕が活字本を一冊読み切ったという達成感を肌身で感じた。そこから活字を克服するかのように本を定期的に購入したり、図書館で本を借りたりして「文筆」を学んだ。

 

 それから再び「働く男」を読み返した。

 当時は感じられなかった本の内容や面白さをどんどん感じるようになり、あっという間に読み終えた。何より文章自体が自然体で情けない部分がユーモアになる「エッセイ」を魅力に気づき、親戚からもらったボロボロの埃まみれのパソコンを立ち上げ、深夜にこっそり真似事のようにエッセイを書き始めたのが文筆家としてのスタートだ。

 

 文章を書く職業の肩書きも様々で、ある人は「評論家」、ある人は「エッセイスト」、ましてやエッセイというジャンルは、文筆業以外の人でも気軽に表現できる。

 それでも僕はなぜ「文筆家」と名乗り続けるのか。

 ひとつは僕の恩師、星野源が「文筆家」と名乗っているから。そして「カタカナ職業」が個人的に苦手だから。

 僕は音楽家と画家としての一面もあるが、これらもカタカナ職業に変換出来ることが出来る。音楽家は、ミュージシャンやアーティスト。画家は、クリエイターやデザイナー。

 これは気持ちの問題だが、自己紹介のときに「エッセイストの鷲尾翼です。」と名乗るのが恥ずかしい。こうやって職業を堂々と名乗って活動を続けるために、僕は「文筆家」という肩書きを選んだ。

 

 文筆の道を教えてくれた、そして音楽家として活躍する星野源の好きな楽曲「桜の森」のタイトルを勝手に拝借して、自分として初めての連載エッセイ「桜の森のリズム」をスタートさせました。

 

 改めて約1年半、本当にありがとうございました。

 またどこかで。

 

 音楽家・文筆家・画家

 鷲尾翼

 

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