鷲尾翼のブログ

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【エッセイ】#79『ラジオの時間』

 2020年9月26日土曜日。

 僕が自主制作で始めたラジオ番組「鷲尾翼の青い電波塔」が最終回を迎えた。

 

 僕はラジオが好きだ。

 テレビとは違う過激で真面目でふざけている空間を耳で楽しむあの時間が大好きだ。そして、ラジオ好きなら一度は思う「ラジオをやりたい」という野望を僕は2019年6月にYouTubeでこっそり始めた。

 

 番組のメールアドレスやジングルを作り、番組の尺も作らず、簡単に決めたタイトルでただ自分の好きなラジオを楽しみながら、追求した。

 やがて30分番組に変更したり、映画感想のコーナーを作りと番組の方向性を意識してラジオの可能性を追求した。

 しかし、自主制作のため編集や書き出しなどに6~8時間かかることや番組の将来を考えた結果、1年3か月間がむしゃらに続けた番組に幕を下ろすことにした。

 

 あれから1か月経った。

 今まで8時間以上ラジオのために使っていた時間を未だに無駄遣いをしている。

 

 「8時間」という時間は社会人にとっては出勤から退勤までの平均的な時間だ。そう考えると、この穴は大きい。

 2時間の映画を観るにしても4作品観れてしまう。かといって思いっきり寝るのも悪くない。

 しかし、この8時間という何気ない時間で何かを練習したり、勉強したりと努力を惜しまない人もいる。

 そんな人になりたいが、僕はどうしても楽な方に進んでしまう。

 

 この1か月はとにかく長く感じた。

 ラジオをやっていたころは1週間の中でラジオで何を話そうか、どんな映画を紹介しようかと無意識のうちにラジオが身近にあった。

 常にラジオについて考えるとあっという間に時間は過ぎていく。そんな身近な存在を失うとよりラジオの可能性、自分にとってのラジオという存在を改めて感じた。

 最終回のタイトルを「ラジオの可能性」にしたが、それに気づいたのが番組を終えてからというのは皮肉なものだ。

 

 一番の変化として「怒り」や「悲しみ」を感じやすくなった。

 このご時世悲しいニュースも多いが、それ以上に身近な出来事への苛立ちや自分の愚かさを感じ、精神的に参る時がこの1か月で何度もあった。

 そんな弱っている時にラジオの可能性を強く感じた。

 

 Twitterやインスタグラム、YouTubeなどSNSが身近にある時代、愚痴や怒りを簡単に吐き出せることが出来る。しかし、僕はSNSと相性が悪い。どんなに正直につぶやいても、いい気持ちになることはなかった。

 しかし、ラジオは相性が良かった。

 話す内容が愚痴話やイライラした話じゃなくても「喋る」という行動は楽しかったし、メンタルケアとして支えてくれた。

 

 僕は文筆家として文字で伝える活動をしている。

 こうやってエッセイを書いたり、映画感想を書いたりと自分の本音や正直な気持ちを執筆しているが、ラジオで伝えたいことは文筆業に近い。

 簡単に言えば「書く」か「喋る」かの違いだが、その違いは大きい。

 

 文字で伝えるのも面白い。

 喋って伝えるのも面白い。

 

 僕はラジオが好きだ。

 

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