鷲尾翼のブログ

【エッセイ】#62『韻』

 僕は、「韻」が大好きだ。

 

 「韻」という言葉をただ聞くと、戸惑う人も多いが、簡単に説明すると母音を駆使した日本語ラップにかせない要素だ。例えば僕の名前の「わしおつばさ」で韻を踏むとしたら、母音の発音で置き換えると「あ・い・お・う・あ・あ」になる。それをフリースタイルダンジョンなどで活躍するラッパーは、この母音に合う言葉を瞬時にピックアップして、相手のラップに対して鋭いアンサーで反撃する。

 ちなみに、「わしおつばさ」で韻を踏むなら「愛も噂」かな。

 

 僕は、音楽家として作曲をしたりする中で歌詞を書くのだが、この「韻」をすごく大事にしている。

 理由は単純で、「気持ちよさ」が生まれるからだ。

 この「気持ちよさ」には2種類あって、「聴く気持ちよさ」と「歌う気持ちよさ」が含まれている。

 

 まず、「聴く気持ちよさ」は音楽の醍醐味とも言える。リズムやグルーブ、ギターやベース、ドラムなど楽器から生まれる音の気持ちよさもあれば、歌手の歌い方やアクセントに感じるのもある。

 その中にも微かだが「韻」の力が発揮していると思う。韻が揃っている歌詞をカラオケの点数バーで表すと、同じ高さと長さの部分が続けて流れることになる。しかし、歌詞は違う。

 そのため、一定の音程の中に不揃いな部分があると、聞き手は快感に変わる。

 

 そして、「歌う気持ちよさ」こそ、僕が大事にしている気持ちよさの部分だ。

 僕はカラオケが大好きだ。それも、一人カラオケ派で喉が枯れるまで鬼のように歌いながらカラオケを楽しんでる。一人で淡々と歌っていると、当然だが自分の歌いやすい歌、苦手な歌が生まれてくる。その歌いやすい歌、また歌いたいと思える歌の共通点が「気持ちいい韻を踏んでいる歌詞があるか」だった。

 「歌う気持ちよさ」の中には、早口で滑舌よく歌うことも含まれるが、そこに「韻」が加わると、最高に気持ちがいい満足感に満たされる。

 

 僕は日本語ラップが好きで、RHYMESTERCreepy Nuts、少しジャンルを変えるとtofubeatsなどをよく聞いている。これらは、その人が好きで聴く場合もあれば、自然と好きになってアーティストを後から知ることもある。なので、特別「ヒップホップが大好き!」というわけでもない。

 しかし、最近のJ-POPでも自然と韻を踏んだサビがあり、実際それがヒット曲となって世に広まっている。むしろラップやヒップホップの日本語ラップが過剰に韻を踏んでいると思ってしまうほどだ。

 

 そのくらい「韻」というものは、日本人にとって身近なものになってきている。なので、「韻」を知ることは重要なことだ。音楽の歴史をリズムがカルチャーではなく、「韻」から入るのも悪くない。そのくらい奥が深いし、面白い。

 

 ふと思ったが、こういう文章の最後、起承転結でいう「結」にあたる部分で、しれっと韻を踏めていることが理想なのだが、残念ながら僕には語彙力も知識もない。今なら間に合うと思いながらも、全然浮かばない。

 ただ、僕は「韻」が大好きだ。

 

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