鷲尾翼のブログ

【エッセイ】#56『視覚的情報』

 最近、僕の新しい欠点を見つけてしまった。それが、目で見た情報を半分も理解していないことだ。

 

 まず、説明しておかなければいけないことは「五感」だ。

 目で見たものを「視覚」、耳で聴いたことを「聴覚」、手で触った感触を「触覚」、匂いを嗅ぐ「嗅覚」、舌で味を感じる「味覚」の5つの感覚は人間にはある。

 五感はその人にとっては大きな存在で、例えば味覚が優れている人は料理人になったりする。その反対に、五感が不自由な人は「障がい者」と言われることが多い。目が見えない、耳が聞こえない、味を感じない…そういう人には「○○障害」と診断されてしまう。

 

 今回の議題でもある「視覚」だが、僕は医師から障害と診断されたこともないし、視力も0.6と普通自動車の免許更新でギリギリ引っ掛かりそうな視力だが、日常生活では裸眼で過ごせるほど問題が無い。

 しかし、僕は視覚情報量が他の感覚と比べて少ない。

 

 それに気づいたのがある日の夜勤バイトのこと。

 ある女性従業員の一人が段差に躓いてこけてしまった。本来ならすぐに駆け付けて「大丈夫ですか?」と一言かけることが筋なのだが、その時はボーっとその女性を見ていた。その女性とはあまり交流が少なく、お互い人見知りという状態だが、あの状況は異常だと今でも思った。

 当時の僕もその異変にすぐに気づいた。「あの状況はなんだ…」と自問自答の葛藤を繰り返し、自分の五感の得意、不得意にたどり着いた。

 

 「見る」より「触る」ほうが数えやすかったり、「匂い」で異変に気づいたりすることが多い。特に「聴覚」は僕の職業に関わっている。

 僕の職業は音楽家だ。音楽家になった経緯は様々だが、単純に好きな音楽に関われることが一番だろう。僕が好きな楽曲を聴いているときは、音楽理論やコード進行などなんか気にせず聴くことがほとんどだし、気にせず聴けていることが好きな楽曲のひとつだ。

 何かに理論を気にしないせいか、聴覚に関しては直感的な言動に繋がることが多い。イントロを聴いて「これ、好き!」と思うように。他にも音の違いで異変に気づいたりと、他の感覚より頼る部分がある。

 

 その代償なのか、視覚が疎いのかもしれない。

 視覚が鈍いことで起こる最大のデメリットは、次の行動に移せないことだ。あの時のボーっと見ていた感覚がまさに一例だ。ひどい時には物を目で見ている感覚はあるのだが、文字や色などが全く伝わってこないことがある。

 

 しかし、これらを治すということは現状難しい存在だ。かと言って「自称障がい者」を名乗るのは今も苦しんでいる本当の障がい者のみなさんに申し訳ない。

 たまに見かける「障害は、個性だ」と欠点をポジティブに促すメッセージもどこか違和感を感じる。

 

 この出来事で褒める部分があるとしたら、五感を得意、不得意に気づけたことだ。よくテレビで「運動神経が悪い」とか「絵心がない」という企画で、不器用な姿をさらしている本人は、自覚がないことが多い。もしかしたら、僕もそのひとりかもしれない。

 

 僕たちは…視覚が鈍い芸人ですっ!!

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