鷲尾翼のブログ

【エッセイ】#46『「褒められたい欲」が無いことに危機感』

 欲求のひとつに「褒められたい」という気持ちがある。僕もそれを実感することはあるのだが、欲求のランキングでは上位になるほど優先的ではない。

 これは僕の妄想でしかないが、褒められることで自信に繋がったり、次の行動へとつながるきっかけになったりする。人間には「褒め」という評価はエネルギーになる。

 なんて羨ましいんだ。僕は褒められることを体が受け付けない。褒められアレルギーのようなゾワゾワ感が体を伝う。きっと拒絶的な体になったのは、「褒められたことが生まれて少ないこと」「褒められ経験値が少ないこと」が原因だ。

 

 ここから語ることは、あくまでも僕の愚痴であり、苦労だ。決して、悲劇のヒロインのような成り上がりを鼻高々と語るわけではないことを踏まえて、この後の話を聞いてほしい。

 

 まず、生い立ちを振り返る。僕は小中高それぞれで嫌な思いをしてきた。簡単に言えば、いじめのようなものだが、今となっては客観的に出来事を振りかえることが出来るので、自分にも原因があることにも気づく。

 学校に散々迷惑をかけたガラクタにはクラスメイトも先生も手を伸ばさない。そんな学校生活を計12年間過ごした。

 

 そうなると、超ネガティブ人間になる。

 何かが起こったらまず自分に原因があるか探す。探して探して僅かなことを壮大に懺悔する。これで、周りの意見を聞かないネガティブバリアの出来上がりだ。

 このネガティブバリアは非常に厄介で、心優しい人に慰められても「でも」「だって」を繰り返し、善人を困らせてしまう。

 

 おわかりいただけただろうか。

 実際僕は優しい言葉を人並みに貰っているはすなのだ。しかし、それを悪玉に変換していた。

    だから、僕は褒められないのだ。

 

 しかし、今やネガティブバリアの厚みが薄れて外の景色が分かるほど変化が起こっている。けど、僕は「褒められたい!」という欲求がない。

 簡単に言えば、相手から褒められたら「いえいえ、とんでもないです。」とやんわり否定して、「けど…」と自分の非を提出する。この繰り返しで話が続くことがある。

 この状況を良く言えば「ストイック」、悪く言えば「面倒くさい」人間だ。

 

 少し考えていたのだが、きっと僕は「鷲尾さんって、ストイックですね!」と言われても「いやいや…」と否定するだろう。本当に面倒くさい人間だ。

 僕は音楽家、文筆家、画家という三足の草鞋というクリエイティブに生きる人間なのだが、それぞれの職業の原動力とは何なのか。

 

 今やSNS時代。面白い音楽を作ったり、シュールな絵を書いたり、こうやって文章を書いたりすると、簡単に「いいね」とハートマークで褒めてもらえる時代だ。

 僕は思う。Twitterやインスタで人気の人は「いいね」の価値を過小評価している。だから、いいねの数に気にせず、楽しくSNSを駆使できるのだ。

 

 そう考えると、僕はひとつひとつのいいねを貴重なもの、ありがたいものだと思っている。

 そうだ、僕はいい人なんだ!善人過ぎて、独特な悩みを抱えているんだ!!

 

 けどね…。

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