鷲尾翼のブログ

【エッセイ】#35『一人称問題』

 僕は、「一人称」について毎度悩んでしまう。

 

 今、自分のことを「僕」と表した。何なら「自分」もそのひとつだ。僕の中には一人称のそれぞれにイメージや相性のいい人物像がある。

 

 「僕」は、話し言葉にすると幼くなるが、書き言葉の一人称ではスタンダードな表現だ。僕の場合、書き言葉はもちろん、話し言葉も「僕」になるように心がけている。その理由は後ほど。

 一方、対極的な表現で「俺」が存在する。

 「俺」は書き言葉も、話し言葉もオラオラ系のいかつい人物像が浮かぶ。簡単に言えば黒のスウェットに金の線が入った部屋着にキティちゃんの健康サンダルを愛用する人物は確実に「俺」だ。こんな人物にはうかつに近寄らない方がいい。

 

 しかし、僕も無意識に「俺」と言ってしまうことがある。この事実に何とも思わない人が大半だろう。しかし、先ほどの人物像から「『俺』はという一人称はオラオラ系の人に献上した身だ。」という考えがある。

 それに加えて、自分の見た目がいわゆる「陰キャ」だ。秋葉原などのオタクと言われるような人たちで「俺」と堂々と言える人達がいる。

 きっと「陰キャ」という事実を受け入れ自分に自信があるため、見た目などのネガティブなルックスを振り切って「俺」と言えるのだろう。羨ましい…

 

 色々と話が散らかっているようだが、改めて自分が使っている一人称を整理すると、書き言葉も話し言葉も「僕」や「自分」を使うように心がけている。

 その理由は、自分の見た目にあった一人称が「僕」だったから。

 

 しかし、たまには「俺」と言いたい。よく芸能人で大御所の方や芸人のトークで「僕」が多い。それに憧れたのも一つの事実だが、そんな芸能人の人たちもラジオなどの場でふと「俺」と言う瞬間がある。

 それに気づいたのが、「星野原のオールナイトニッポン」だ。星野源のひとつの考えに「ダラダラやりたい」と公言している。それを形にしたのが「おげんさん」でもある。

 ダラダラ主義の星野源だが、一人称は「僕」だ。しかし、ラジオではたまに「俺」と言う。それも自分のプライベートな話をする時に多い。

 あの一人称のバランスに僕は憧れる。

 

 「僕」が6割、「自分」が3割、「俺」が1割。

 そんな比率で一人称を使い分けたいものの、そう簡単には行かない。

 

 今日は、「俺」って胸張って言おうかな。

 

 

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