鷲尾翼のブログ

【エッセイ】#37『表と裏/ダークナイト』

   この世界は「表と裏」で判断する。

  表の虚構が正しいのか、真実の裏が正しいのか。その判断はその時代、その場所、その人次第で何回でも変わり続ける。時にそれは政治の判断力となり、些細な口喧嘩の終止符にもなる。

  この判断力は、人それぞれで差量があり、それが時に思わぬ展開を生む。

 

  ある日、僕は月を見ていた。

  真っ暗な夜だったが、雲ひとつない綺麗な夜にポツンと月が光っていた。

  僕はたまに思う、月が僕を見ていると。

  月には神秘的な魅力がある。丸く光った満月も、鋭く尖った三日月も、雲に隠れたその時も、月は黒猫のようにこちらを見つめる。

  そんな月の魅力に、その日も惹かれていた。

 

  ただ、今の話に一言添えるだけで判断は大きく変わる。

 

  「全部、嘘」

  黒猫のような綺麗な月を見ていない、月の魅力はただの妄想、そもそも「ある日」なんて存在しない。

  この簡単で盛大に裏切ったこの一言をそのまま鵜呑みにするか、言葉の裏を読み、別の解釈を見つけるのか。あなたの解釈でこの話を賞賛することも出来るし、侮辱することも出来る。

  その選択や判断はあなたに委ねる。

 

  この一人一人の判断が束になり、意見となり、声となる。

  これが今と、これからの、社会の縮図だろう。

 

f:id:washitsuba:20211104135425j:image

 

【本日の映画】

監督・脚本:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベールマイケル・ケインヒース・レジャーゲイリー・オールドマンアーロン・エッカート、マギー・ジレンホール、モーガン・フリーマンなど
制作:2008
映画『バットマン ビギンズ』の続編で、バットマンの最凶最悪の宿敵であるジョーカーの登場で混乱に陥ったゴッサムシティを守るべく、再びバットマンが死闘を繰り広げるアクション大作。監督は前作から続投のクリストファー・ノーラン。またクリスチャン・ベイルも主人公、バットマンを再び演じる。そして敵役のジョーカーを演じるのは2008年1月に亡くなったヒース・レジャー

 

【関連記事】

【エッセイ】#36『ある日の脱走日記/ムーンライズ・キングダム』

  僕は皆が思う「学校生活」を送った経験がない。

  クラスメイトのみんなと授業を受けて、少々の休み時間を思う存分に楽しみ、部活動に励み、青春を謳歌する。そんな誰もが思う学校生活を、僕は社会性が乏しい不適合者だったので、そんな景色を窓の外から見るだけだった。

  僕の学校生活を簡単に言うと、登校すると居場所は保健室か誰も使ってないような小さな教室で、先生がプリントを数枚持ってきて、書いてある問題を解くのが一日の流れだが、先生は常にいるわけでもない。チャイムが鳴った数分間にひょっこり現れる程度で、安否確認に過ぎない。問題も全問正解しなくても、そもそも問題を解かなくてもいい。言えば、自由に過ごせる牢獄のようだった。

  それが、小学校、中学校、高校の約12年間続いた。これは「懲役」とも思えるし、僕は前科者かもしれない。

 

  しかし、檻の中から見る学校の生活は眩しくて、苦しかった。

  「青春」という言葉すら知らなかった僕にとって、3−4人のグループでワイワイ話してたり、鬼ごっこや隠れんぼをしているような日常は、憧れと同時に自分の情けない事情と重なり、胸が苦しくなった。また、周りから見て僕みたいな壊れ物はウイルスのようなもので、その冷たい目線は浴びるように刺さる。

 

  そんな生活を過ごしていたら、檻の外に出てみたくなる。

  それは復讐心や恨み、妬みではなく、外の世界に対する単純な興味が当時はあった。

 

  ある雨上がりの日。

  僕が中学2年か3年だった頃。

 

  その日も小さな教室でボーッと外の景色や部屋の角に溜まった埃を見つめていたら、ふと外に出たくなった。その衝動に任せて、教室を出て、靴を履き替え、ふらふらと学校を飛び出してみた。上下長袖の体操着に薄汚れたスニーカー、その上に長めのコートを着て、水溜りが光る霧深い街の中をただただ歩いた。細い路地裏を通って、大きな橋を渡って、たまに揺れる木々を見つめて、とにかく何も考えずに歩いた。

 

  気がつけば、僕は薄暗い山を登ろうとしていた。

  車道しかないような名前もない山だったが、とりあえず車道に沿って登ってみた。雨上がりのせいか、登れば登るほどおどろおどろしい異様な空気と暗さが増していたが、それでも登り続けた。すると、突然「この先通行禁止」と行き止まりの看板が目の前に現れた。しかし、これは車道を通る車に対するものだろうと、その警告を無視していこうとしたが、その先の道は先ほどとは違い、枝や葉っぱが道路を塞ぎ、その上に泥が乗っているような危険な道だった。

  「千と千尋の神隠し」や「崖の上のポニョ」などジブリに出てくる不思議なトンネルのように、これ以上行ったら帰れるかどうか心配になるほど微塵もない霊感が反応するほど不思議な場所だった。

  けど、当時の僕はそれでも歩こうと思ったが、頭上にあった案内標識に「盛岡まで〇〇km」と書かれていた。盛岡がどの県にあるか分からなかったが、すごく遠い場所だと把握した。その時にこれ以上歩くと面倒臭くなると思い、行き止まりの看板に従い、下山した。

 

  再び行き先も決めずに歩いていると、パトロール中の警察官に捕まった。

  しばらくして、先生が車で駆けつけて来て、めっちゃ怒られた。

 

f:id:washitsuba:20211029094641j:image

 

【本日の映画】

監督・脚本:ウェス・アンダーソン
出演:ジャレッド・ギルマン、カーラ・ヘイワード、ブルース・ウィリスエドワード・ノートンビル・マーレイフランシス・マクドーマンドティルダ・スウィントンジェイソン・シュワルツマンハーヴェイ・カイテルボブ・バラバンなど
制作:2012
ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』などで異彩を放つウェス・アンダーソン監督による異色コメディー。1960年代のとある島を舞台に、ボーイスカウトに所属する一組の少年少女の逃避行と彼らを追う大人たちの姿を描く。遊び心あふれる独特の映像センスがさえる物語は、第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選定され、高い評価を得た。

 

【関連記事】

【エッセイ】#35『めっちゃモテたい!/シングルス』

  「めっちゃモテたい!」

  この言葉は意外に人を動かす力を持っている。

 

  エンタメの種類は多彩で、音楽や映画、小説や芸術、見るもの聞くものなど「五感」を豊かに、娯楽としてその人の人生の拠り所になる大切な存在だ。その多彩なエンタメの中にもジャンルで大きく分かれ、SFやホラー、人生を語るドキュメントまで様々だ。

  そんなエンタメの中でも必ず存在し、圧倒的人気が高いジャンルが「恋愛」だ。

 

  音楽を聞けば「I LOVE YOU」、映画を観れば演出としてキスシーンやベッドシーンがあり、小説も「恋愛小説」が本屋に行けばズラッと並んでいる。YouTubeの急上昇ランキングでは連日知らないカップルが「〇〇やってみた」とイチャついている。

 

  苦手だ。

  苦手というより、恋愛に対する経験値不足で娯楽としての面白さを理解していないのが事実だ。だから、無理に理解しようとは、現状思わない。だが、そんな恋愛経験値がゼロの僕でも少し分かる恋愛に対する動機、それが「モテたい」だ。

 

  「モテたい」は面白い。

  「モテた」が目標のゴールだとすると、「モテたい」はその過程だ。

 

  僕は「モテたい」という少しずつ自分の経験値が積み重なっている感覚が好きで、様々な活動のエネルギーにすることが多い。ドラクエで言うと、ボス戦を前に草むらで一日中モンスターと戦い、レベルを上げている時が楽しい。そして、軽々とボスを倒すのが「モテたい」の醍醐味だ。

  しかし、僕は「モテたい」という過程と実感が好きなだけで、仮に「モテている」とどこかで思うと違和感を感じると思う。

 

  この悩みは贅沢な悩みでもあるが、人生の最後まで悩み続ける議題だろう。

  これは譬え話に過ぎないが、ある釣り人が最初は餌もつけずに浅瀬で針を垂らすが全然釣れない。だが、次第に釣りの面白さやテクニックを学び、両手で持つほどの大きな魚を釣るまで成長する。しかし、それでも満足せずに釣ってはリリースしてを繰り返していると、やがて自分を愚かさに気付き、気づいた時には力尽きてしまう。

 

  けどこの譬え話もしっくりこない。

  高嶺の花を目指しているような感じだが、全然違う。ある日訪れる「違和感」に次第に耐えきれない感じに近い。僕はきっとこの「違和感」と共に心中するだろう。

 

  考えれば考えるほど、迷宮入りしてしまうが「めっちゃモテたい!」といえば何とかなる。

 

  音楽にモテたい!

  文筆にモテたい!

  芸術にモテたい!

  映画にモテたい!

 

  「モテたい」は偉大だ。

  だが、深くは考えないようにしよう。

 

f:id:washitsuba:20211020151947j:image

 

【本日の映画】

監督・脚本:キャメロン・クロウ
出演:ブリジット・フォンダキーラ・セジウィックキャンベル・スコットマット・ディロンなど
制作:1992
グランジ・ロックで沸き立つシアトルの町を舞台に結婚したくてもなかなかその勇気の出ないカップルの行末、留学生にダマされ手痛い失恋を喫したハイミスが腐れ縁の男とよりを戻すまで、デビューを目指すロッカーに片思いのウェイトレスがいつになったら告白できるか……といったエピソードを綴ったロマンチック群像コメディ。

 

【関連記事】

【エッセイ】#34『貴重で突然な休日/ローマの休日』

  「休日」という時間は非常に貴重だ。

  普通の社会人は土曜日と日曜日、この週休2日をどう過ごすかその人次第だが、自由の中のセンスを問われる。

 

  僕の場合、バイトが週に4日あるので、休日は三日間だ。

  しかし、毎週金曜日は映画館に行くことが多く、その趣味を「映画感想」という活動にしている。

  そうすると、金曜日も出勤しているのと同等だ。さらに、週に二回の洗濯や部屋の掃除、その他諸々を考えると、朝起きてから寝るまで何もしない日という時間は激レアな経験なのだ。

  しかも、その日は突然訪れる。

 

  ある日の夜勤のバイトが終わった帰宅後、その日は映画感想の執筆をする日だった。

  というのも、この日に執筆活動をしないと次に出来そうな日が一週間後。週に5本ほど映画を観る僕は、映画一本の感想文を書く労働力を知っているので、この日に執筆活動をしないと残業が確定してしまう。

  なので、僕はその日必死に映画感想を書きまくった。

 

  そして、翌日。

  僕は深夜2時頃に起床して、最近始めたジムに向かおうとすると、猛烈な雨風が窓越しから見えてしまった。その日は洗濯物を干した後、映画館で映画を2本ほど観る予定だったが、この光景を見た瞬間、その日の予定が白紙になってしまった。

  とりあえず、洗濯物を大きめのボストンバックに詰めて、暴風雨の中、近くのコインランドリーで乾燥機にかけ、その足でジムで筋トレをした。だが、僕のこれからの予定は、乾燥した衣類を畳んで終了してしまう。

  不思議なことに、あれほど時間を欲していたのに、いざ突然ポッカリと時間が空いてしまうと無力になってしまう。

 

  時刻はすっかり朝の8時になったが、相変わらず悪天候だ。

  仕方なく、その日観る予定だった映画のジャンルに近い作品を調べて、Netflixで映画を2本ダラダラ観た。

 

  しかし、時間はまだまだ余裕がある。

 Netflixでもう一本観るのもいいが、僕は「今しか出来ないこと」を少し考えた。

 

  悩んで、悩んで、悩んだ結果、僕は寝てしまった。

  頭の中で色々考えすぎて、パソコンが熱暴走で強制的にシャットダウンするように、知らないうちに寝てしまった。しばらく夢だと気づかない時間が続き、時間が巻き戻るかのように勢いよく起きると、ちょうど日付が変わる午前0時頃だった。

 

  僕が最後に覚えている時間は、少なくとも夕方になるかならないかの午後3時頃だ。

  あの大切にしようと思っていた9時間という時間を一瞬で失った失望感を冷や汗と共に感じたが、それ以上の問題が起こった。次の予定まであと10時間もあるが、何をしたらいいのか分からない。

 

  僕はまた少し考えて、また寝た。

 

f:id:washitsuba:20211006091259j:image

 

【本日の映画】

監督:ウィリアム・ワイラー
出演:グレゴリー・ペックオードリー・ヘプバーンなど
制作:1953

イタリアのローマを表敬訪問した某国の王女と、彼女が滞在先から飛び出し一人でローマ市内に出たとき知り合った新聞記者との1日の恋を描いている。トレヴィの泉や真実の口などローマの名だたる観光スポットが登場する。新聞記者をグレゴリー・ペック、王女をオードリー・ヘプバーンが演じている。

 

【関連記事】

【エッセイ】#33『フラッシュバック/アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』

  僕はフラッシュバックに悩まされるている。

  人間誰しも、過去に過ちを犯す生き物だ。仕事での失敗や失恋、些細な喧嘩も思い出すと自分を責めてしまう。こういう嫌な思い出は思い出したくても中々思い出せないもので、何気ないことで急に思い出し、奇襲される。

  僕が一番多いフラッシュバックは高校時代の出来事が多い。

  我ながらこの時期が刺激と後悔を経験した時期だと思う。週に一回は「ああすれば良かった…」「こんなことしなければ…」と登下校の電車の中で後悔していた。その多くは人間関係だ。

 

  例えば、いつもの帰り道。

  ポツンと一人教室で一時間に一本来るか来ないかの田舎電車を待っている時、突然クラスメイトの女子が話しかけてきた。その人は電車が一緒とは知っているが、お互いそんなに喋ったことがない程度。そんな女子が話しかけてくれたことは今でもめちゃくちゃ嬉しかった。

  しばらくして「一緒に帰ろう」と言われ、もっと嬉しかった。

  嬉しくて、嬉しくて、帰る気満々のあの子に僕はなぜか断った。若気の至りと変なキザな気持ちが混ざり合い、もう一時間教室で待つことになった。

  今でも悲しい背中で帰るあの子が忘れられない。

 

  このような不慣れな人間関係、異性との向き合い方で起こった後悔が山ほどある。

  しかし、そんな後悔がある日突然、襲い掛かる。

 

  先ほどのエピソードは「断る」というシチュエーションで発動する。

  コンビニで女性の店員に「お箸は要りますか?」「袋は大丈夫ですか?」と丁寧に話しかけてくれたのに、会話のテンポが合わずに普通に断ればいいのに「あっ、えっとー大丈夫です…」と不器用に答えてしまうことが多々ある。会計を終え、自動ドアを出る頃に、フラッシュバックが発動してしまい、どんなに好きな音楽を聞いても、どんなに天気が気持ち良くても、その帰り道はあの後悔した話で頭が埋め尽くされる。

 

  このフラッシュバックは日常会話でよく使われる動詞のほとんどが発動条件だ。

  「出かける」「帰る」「歩く」「食べる」「寝る」「料理をする」「洗い物をする」数え切れないフラッシュバックに悩まされ、今後も後悔する日々は上書きされ、フラッシュバックと向き合う時が多くなるだろう。

 

  過去という存在は非常に厄介で、辛辣だ。

  だからこそ、逃げずに向き合わなければいけない。

 

f:id:washitsuba:20210930121741j:image

 

【本日の映画】

監督・脚本:リチャード・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムスなど
制作:2013
タイムトラベルの能力を持つ家系に生まれた青年が意中の女性との関係を進展させようと奮闘する中で、愛や幸せの本当の意味に気付くヒューマンコメディー。『ラブ・アクチュアリー』などで知られるラブコメに定評のあるリチャード・カーティス監督が、恋人や友人、家族と育む何げない日常の大切さを描く。

 

【関連記事】

【エッセイ】#32『ナルドマクド/パルプ・フィクション』

  ベーコンレタスバーガーを一言で表すと、食べやすいビッグマックだ。

  僕はビックマックを食べるのが下手くそで、よく中の野菜をボロボロこぼしながら食べて、毎度自分の汚さにうんざりする。けど、ビックマックの味が欲しいとき、メニューの中で1番味が近いのが、ベーコンレタスバーガーだ。

  確かにボリューム感はビックマックに比べたら負けてしまうが、品はベーコンレタスバーガ–に勝る。ビックマックのソースと野菜をギュッとしたのが、ベーコンレタスバーガーだ。後、通なバーガーを食べている優越感で上機嫌になれるのも、魅力だ。

 

  人生の変化は意外な場所で気づくことが多い。

  最近聴く音楽のジャンルが流行りのJ–POPからFUCK多めのHIP–HOPに変わったり、好きな食べ物が和食からクセ強めのパクチー料理に変わったり、思い切って職を手放し、新しい道を目指す時もきっかけは意外なタイミングが多い。

  中でも知らず知らずのうちに変化を感じる瞬間は、マクドナルドで頼むメニューだ。

 

  マクドナルドの美味しさは店内かテイクアウトでだいぶ変わる。

  店内は出来立ての美味しさを楽しめるが、マクドナルドはずっと混んでいるので、人混みの中で食べるのはやっぱりツラい。一方テイクアウトは、出来立てではないが、住み慣れている家で紙袋から取り出して食べるマクドナルドは別の美味しさが待っている。

  特にこだわりはないが、個人的にポテトでだいぶ左右されると思う。きっと無意識にあのサウンドが鳴り響くかどうかで、優柔不断になる。

 

  現在、僕が頼むメニューはダブルチーズバーガーにポテトのL、スプライトの3点セットが定番になっている。どんなに期間限定のメニューをゴリ押しされても、どんなに気分が向かいの富士そばに誘われそうでも、どんなにマクドナルドが体に悪いという英才教育が体に刷り込まれても、僕はスマイルで待ち構えている店員の前でダブルチーズバーガーとポテトL、スプライトを頼むだろう。

 

  しかし、最近変化を少しずつ感じている。

  ある日、ダブルチーズバーガーがベーコンレタスバーガーになっている日が3回に1回のペースであることに気づいてしまった。いつからベーコンレタスバーガーを知って、いつベーコンレタスバージンを迎えているのかも思い出せないが、ベーコンレタスバーガーの魅力や美味しさは充分語れる。

 

  僕のマクドナルドの歴史は、フィッシュフィレオからビックマックダブルチーズバーガー、そして現在進行形でベーコンレタスバーガーになるだろう。次にマクドナルドに訪れる際は黒いスーツに黒いネクタイを着こなして、スプライトで喉を潤すだろう。

 

  もし、この魅力に文句がある人はMother Fuckerだ。

 

f:id:washitsuba:20210922085241j:image

 

【本日の映画】

監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
出演:ジョン・トラボルタサミュエル・L・ジャクソン、ユア・サーマン、ブルース・ウィリス、マリア・デ・メディアス、ヴィング・レイムスなど
制作:1994

「レザボアドッグス」のクエンティン・タランティーノによる異色のバイオレンス・アクション。その年のアカデミー賞では7部門にノミネートされ、そのうち脚本賞を受賞した。カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールを受賞。その他にも多くの賞を獲得した。

 

【関連記事】

【エッセイ】#31『隠しきれない狂気/時計じかけのオレンジ」

  人間、誰しも怒りや嫉妬、妬みや恨み、悲しみや苦しみに身を任せてしまう狂気を持っている。

 

  僕は今、狂気に満ちている。

  自分でも良くないモチベーションだと思うが、一日生きていればとにかく噛みつき、イライラしてしまう。夜勤のバイト終わった帰り道にふらっとコンビニに入ったチャラい見た目のカップルを見ると「何してんだよっ!」と心の中で自分勝手に怒ってしまう。しかし、声に出してしまうと劣勢の末、警察にお世話になってしまうので、グッと堪えて真っ直ぐ家に帰る。

 

  帰宅後も狂っている。

  息抜きのYouTubeで急上昇になっている動画を確認すると、学生時代のトラウマを思い出すような陽キャラが大半を占めていて、僕の居場所がどんどん無くなっている現状や社会が求めているエンタメの姿を知ってしまい、家の中でも笑顔は消え、ため息と共に怒りと悲しみに狂う。

  そして、狂いながら飯を食い、狂いながら風呂に入り、狂いながら寝る。

 

  勝手に人に噛みつき、勝手にイライラして、勝手に悲しんで、勝手に狂っている僕に足りないのは、純粋無垢な優しい感情、ただそれだけだ。しかし、今の僕には優しさすら、狂気に変えてしまう。

  テレビでも誰にでも優しく接しているタレントや、街を歩けば優しい人は意外と多い。だが、僕はそんな人にすら勝手に奥でグッと堪えている怒りや悲しみ、その狂気を見抜き、目の前の優しさを切り裂いて、狂気を吸い取ってしまう。

 

  そんな僕だが、なぜか周りには「優しい」と言われる。

  その言葉を時に信じて、自分の優しさを試しているが、やっぱり狂っている。それは何故かと考えてみると、狂気を行動のエネルギーにしていないからだ。

  よくニュースでは様々な事件が頻繁に起こっているが、加害者の言葉の多くに「イライラして」という衝動をよく見る。きっと世間を賑わす物騒な事件を起こす加害者は狂気に満ちた僕と同類だ。

 

  そう思うと、僕が言われる「優しい」という言葉にも別の疑いがある。

  僕が気づいてないだけで、周りから見たら狂気が外に滲み出てる状態だが、危険性はない。そんな僕にかける言葉は「優しい」というありきたりな褒め言葉しかないのだ。

 

  その事実を知った今、また狂気が込み上げる。

 

f:id:washitsuba:20210915085234j:image

 

【本日の映画】

監督・脚本:スタンリー・キューブリック
出演:マルコム・マクダウェル、パトリック・マギー、マイケル・ベイツなど
制作:1971

暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。近未来を舞台設定にしているが、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、映像化作品ではキューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。

 

【関連記事】