鷲尾翼のブログ

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音楽の話や連載エッセイ、ラジオの放送後記を随時アップ!

【エッセイ】#02『変人取扱説明書/レインマン』

 僕は「変わった人」らしい。

 いわゆる「モテる人」と言われる人が、「カッコイイ」や「イケメン」と相手から褒められたり、ある時には「天然だね」と言われている。けど、僕はよく「変わってるね」と言われる。

 しかし、当然だが僕は変わったようなことはしていない。普段の日常を送っているつもりが、世間とは少し違うらしい。

 まぁ、僕が音楽家・文筆家・芸術家と名乗っている時点で、人として変な奴だ。

 

 そんな僕でも外に出れば、見た目で分かるような変わった人を見かける。そういう人は残念だが、偏見や冷たい目で見られることが多い。正直、僕もその人を詳しく知らない限り一歩距離を置きたい。

 

 しかし、先ほども言ったように、僕は変人だ。

 そういう偏見や冷たい目線を浴びる気持ちをよく共感する。なので、僕は「変人」というものに対して被害者でもあり、加害者でもある闇が深い奴でもある。

 

 僕が中学生の頃、クラスに馴染めず特別授業で受ける同級生がいた。

    その子は、本当は行きたくないだろう全校集会に付き添いの先生の腕につかみながら参加していたが、時々パニックになり、全校集会が行われている体育館を暴れまわっていた。

 当時の僕は怖かったのと同時に、その子を指さして色々言っていただろう。しかし、その後僕も学校生活に馴染めずその子と同じように特別授業で受けていると、あの時の行為から生まれる罪悪感を徐々に感じるようになり、今でも少し後悔をしている。

 

 昔だったら「変わっている人」で収まったかもしれないが、今の時代他の人と違う言動から病名や症状で特定したりする。僕も学校生活に馴染めなかったことに対して一つの結論を出したが、仮に病名や症状で特定されたらその人は「障がい者」になる。

 

 病名が判明して安心する人もいるが、障がい者として生きるのがツラい人もいる。僕はどちらかというと後者の思いがある。それはある人に「障害は甘え」と叱られたことが、消えない傷痕のように忘れられない。

 僕も相手が障がい者に対して理解がある人でいてほしいが、残念ながらそういう人は中々いない。なので、僕の場合「変わっている人」として受け入れ生きていくしかない。

 

 少しでもこの冷たい目線ばかりの環境を生きるために、僕は「取扱説明書」が頭の中にある。

 僕はこういう人間で、こういうことが好きで、こういうことが苦手で、こういうことをすると壊れるみたいなことをあらかじめ決めておくと、自分を肯定出来る。

 僕の場合、相手の意見や比較に踊らされ自分を見失うときがある。そして、彷徨っているうちに精神的に参ってしまう。

 

 僕は何度も彷徨って、ひどい思いをしてきていたが、結局悪いのは相手だ。取扱説明書に書いてある壊れる項目を順に行っているのだから、当然の結果だ。

 こういう自分だけの取扱説明書は人に見せるものじゃない。だが、例外としてまるで取扱説明書を熟読してきたような素敵な人に出会うときもある。

 

 そんな人を「親友」と呼び、数少ない人間関係を構築すればいい。

 

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【本日の映画】

レインマン(字幕版)

レインマン(字幕版)

  • メディア: Prime Video
 

監督:バリー・レヴィンソン
出演:ダスティン・ホフマントム・クルーズヴァレリア・ゴリノなど
制作:1988
自由奔放な青年が重度の自閉症の兄と出会って心を開き、忘れていた愛情を取り戻して行く過程を描いた心暖まる感動のロード・ムービー。

 

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【エッセイ】#01『起承転結な人生/バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

 シェイクスピアの劇にはこういう台詞がある。

 「この世は舞台、人はみな役者だ」

 主観的にも客観的にも、ふと感じることがある。

 

 僕の人生観は計画的なことが多い。

 「今年の夏休みはハワイに行きたい!」みたいな曖昧だがいつ頃に何をやりたいかを決めているように、僕は今日から1週間までの日時を「9:00 起床」「10:30 洗濯」といつの何時に何をやるか、何の映画やドラマを観るか。

 とにかく無計画でボーっとしていることが嫌いだから、こんな面倒くさいことをしている。

 

 しかし、現実はこんな計画的な日常は簡単に過ごせない。

 買い物に出かければ、店の混み具合や買いたかったものがその店舗に無かったりと、悲劇が生まれる。

 人間関係なんか特に思い通りにいかない。

 めちゃくちゃ怒られるし、めちゃくちゃ腹が立つ。それで悩み続けて「人生」という膨大で先が見えない未来に絶望を感じる日もよくある。

 

 そのせいかメディアで活躍している成功者のエピソードを聞くと、どこか「起承転結」で割り振れるような舞台劇に感じる。

 そのエピソードは多種多様だが、共通して言えることは、自分の人生をそのぐらい語れるということだ。

 普通に大学まで進学して、普通に就職して、普通に定年まで過ごして、普通に人生を終える。ごく普通な人生にどこか哀愁を感じるが、そういう無変化な人生を気づかず過ごしてる人がいることも事実だ。

 

 僕は今年の1月で23歳になったばかりだが、自分が起承転結のどこにいつのか分からない。予想では「承」ぐらい下り坂な人生を過ごしているを感じているが、もしも誰かに「結」だったと知らされた時再び絶望に感じる。それも都合よく「エピソード2」と切り返れるものでもない。

 

 そんな上手くいかない人生でも時に喜劇に感じる瞬間もある。

 好きな音楽を聴いたり、好きな映画を観ている時、他にも小説やスポーツなど趣味や生きがいとして楽しむものには、喜劇にふさわしい生きる力がある。

 僕はそんな生きがいを音楽家、文筆家、芸術家として時に苦しみながら、時に楽しみながら今日を生きている。

 

  「この世は舞台、人はみな役者だ」

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【今回の映画】

監督・脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

出演:マイケル・キートンエドワード・ノートンエマ・ストーン

制作:2014

『バベル』などのアレハンドロ・G・イニャリトゥが監督を務め、落ち目の俳優が現実と幻想のはざまで追い込まれるさまを描いたブラックコメディー。人気の落ちた俳優が、ブロードウェイの舞台で復活しようとする中で、不運と精神的なダメージを重ねていく姿を映す。

 

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2021年の活動について

 こんばんは、鷲尾翼です。

 

 「鷲尾翼のブログ」という自分勝手に発信しているブログですが、改めて簡単な自己紹介をしようと思います。

 

 年齢は今年で23歳になります。

 職業は音楽家、文筆家、芸術家の三足の草鞋で2019年の2月から主にSNSやブログで活動しています。

 昨年まではYouTubeでラジオ活動をしたり、ブログでエッセイを書いたり好きな音楽・楽曲の解説をしていましたが、1-2年続けていた活動の多くを終了してしまいました。

 活動を終了した理由も詳しく話せないまま最終回を迎えてしまったものも多かったのですが、実は「活動をリニューアルするため」でした。

 

 なので、早速2021年からスタートさせる活動を紹介していきたいと思います。

 その前に今現在の活動を軽く整理しておくと、こんな感じ。

 

  • アート活動「TSUKISUE」
  • 映画感想の投稿「まとめシネマ」

 

 では、早速紹介します。

「35mmの気持ちで」

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 新しいエッセイがスタートします!

 これまで2019年2月から2020年まで約2年続いた「桜の森のリズム」から、リニューアルして始めようと思います。

 

 内容は前回はフリーテーマで日記のように書いてましたが、今回は「映画」をテーマにエッセイを書いてみようと思います。

 普段から映画感想を執筆しているのですが、この「35mmの気持ちで」では映画を観た感想ではなく、映画に合った実体験のエピソードや妄想などをエッセイで書けたらなと思います。

 

 また、自分の好きな映画ばかり語るのは偏りが出そうなので、鍵和田啓介著「みんなの映画100選」という本からランダムで選出していこうと思います。

みんなの映画100選

みんなの映画100選

 

 

 毎週金曜日のお昼12時に最新話を更新予定。

  記念すべき第1回の投稿日は「1月29日」です。

 お楽しみに。

 

「ある日の鷲尾翼」

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 2020年9月で終了したYouTubeラジオ番組「鷲尾翼の青い電波塔」から約4か月、再びラジオ番組が始まります!


 やっぱり喋ることが、好きだった。

 やっぱりラジオが、好きだった。

 

 しかも、今回の番組は月曜日から金曜日までの平日、週5日もやります!

 毎回の収録時間は10分程度を予定してますが、今までの週1回の放送とは全然違うので少し不安と緊張もあります。

 ですが、トークテーマは今まで通り映画の話や何気ないことをダラダラ話そうと思います。


 月曜日から金曜日の18時に最新回を更新予定です。

 初回の放送は「2月1日」です。

 お楽しみに。

 

 ということで、2021年の活動をまとめると、こんな感じ。

 

【今までの活動】

  • アート活動「TSUKISUE」
  • 映画感想の投稿「まとめシネマ」

【2021年スタート!】

  • エッセイ「35mmの気持ちで」
  • ラジオ番組「ある日の鷲尾翼」

 

  2021年も、よろしくお願いします。

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【エッセイ】最終回『桜の森のリズム』

 2019年2月末から続けていたエッセイ「桜の森のリズム」も今日で最後となりました。

 まずは、読者のみなさんありがとうございました。

 

 僕が「音楽家・文筆家・画家」として活動し始めてすぐに始めたのがこのエッセイでした。

    活動し始めたばかりの企画は最初はすごく張り切って後半クールダウンする傾向がありますが、約1年半前の最初の文章も今と変わらず、今日まで続けてみました。これもエッセイの魅力です。

 自主計画なので、始めるときも終わるときも自分の決断ですが、終わる理由は色々あります。個人的なことから環境の問題、本当に色々あるのだが、結局は「気持ちの切り替え」のような部分が大きいと思います。

 エッセイのテーマも決めず、ただ週に1回ブログに投稿することを続けただけなので、エッセイというよりブログ、日記に近いものを続けました。その違和感が継続力に影響して最終回を迎えることになりました。

 

 僕が「文筆家」という職業を志すきっかけになったのは星野源のエッセイ「働く男」を読んでからだった。

 高校3年の1月、進路が決まり冬休みを悠々と過ごしている頃、Amazonで何気なく買った文庫版の「働く男」。当時の僕は生粋の読書オンチで、活字だらけの小説はもちろん、漫画もちゃんと読めなかった。

 しかもよりによって、本のサイズも小さく文字が凝縮された文庫版を購入してしまい、手元に届いた当時は軽いショックを受けた。

 しかし、当時の僕にとっては、なけなしの小遣いで買ったものだったので、半分後悔も混ざりながら「働く男」を読み始めた。

 1ページ1ページ必死にゼェゼェ息を切らしながら読み進めて、手軽に読める文庫本のメリットを無視して、3か月かけて読み切った。

 

 正直本の内容は覚えていない。それよりも読書オンチの僕が活字本を一冊読み切ったという達成感を肌身で感じた。そこから活字を克服するかのように本を定期的に購入したり、図書館で本を借りたりして「文筆」を学んだ。

 

 それから再び「働く男」を読み返した。

 当時は感じられなかった本の内容や面白さをどんどん感じるようになり、あっという間に読み終えた。何より文章自体が自然体で情けない部分がユーモアになる「エッセイ」を魅力に気づき、親戚からもらったボロボロの埃まみれのパソコンを立ち上げ、深夜にこっそり真似事のようにエッセイを書き始めたのが文筆家としてのスタートだ。

 

 文章を書く職業の肩書きも様々で、ある人は「評論家」、ある人は「エッセイスト」、ましてやエッセイというジャンルは、文筆業以外の人でも気軽に表現できる。

 それでも僕はなぜ「文筆家」と名乗り続けるのか。

 ひとつは僕の恩師、星野源が「文筆家」と名乗っているから。そして「カタカナ職業」が個人的に苦手だから。

 僕は音楽家と画家としての一面もあるが、これらもカタカナ職業に変換出来ることが出来る。音楽家は、ミュージシャンやアーティスト。画家は、クリエイターやデザイナー。

 これは気持ちの問題だが、自己紹介のときに「エッセイストの鷲尾翼です。」と名乗るのが恥ずかしい。こうやって職業を堂々と名乗って活動を続けるために、僕は「文筆家」という肩書きを選んだ。

 

 文筆の道を教えてくれた、そして音楽家として活躍する星野源の好きな楽曲「桜の森」のタイトルを勝手に拝借して、自分として初めての連載エッセイ「桜の森のリズム」をスタートさせました。

 

 改めて約1年半、本当にありがとうございました。

 またどこかで。

 

 音楽家・文筆家・画家

 鷲尾翼

 

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【エッセイ】#83『夢追い人』

 「『夢』別名『呪い』で胸が痛くて」

 これは僕の好きなHIPHOPグループ「RHYMESTER」の楽曲「ONCE AGAIN」の歌詞だ。

 

 僕は音楽家、文筆家、画家と三足の草鞋を履きながら活動している夢追い人だ。これらの職業を言い出したのも約2年前なので、未熟も未熟な存在で、「自称」と付けたほうがまだマシな人間だ。

 そんな何も世に出してない未熟者だからこそ、あの歌詞を聞くと自分の価値観や存在意義などを深く考えてしまう。

 

 僕がこのように考えるときは、枝分かれした道をイメージする。

 色んなシチュエーションで枝分かれの道に立たされるのだが、簡単に言えば「続ける」道に進むのか「諦める」道に進むのかの選択だ。

 一見、続けることが正義だと思うが、僕の経験上「諦める」という選択をした方がいい場合もある。

 

 僕が一番厄介だと思うのが「迷い続ける」ことだ。後悔や失敗を恐れ、常に成功や簡単で楽な道を見極めすぎるが故に、一歩も進んでいない状況だ。

 僕の場合、筋トレを始めるときに多い。

 筋トレはもちろん辛い。その辛さから筋トレを始める準備までは出来ても、心の準備やきっかけが中々見つからず、この時間から始めようと決めていた時間を何時間も遅れて、やるかやらないかを悩んで迷って、やっと重い腰を上げて筋トレを渋々やっていることがここ2か月の現状だ。

 こういう状況は正直「諦める」という選択をした方がいい。

 例えば10時に始めようと思って、結局12時に始めた場合、その差は2時間だ。映画だったら1本観れるし、ドラマだったら2話も観れる。読書だって、部屋の掃除だって、出来ることの可能性が2時間という時間に詰まっている。

 それなのにスマホをいじりながら何かしらのきっかけを探す「始めそうで始めない時間」で2時間があっという間に消えてしまう。2時間でもきっかけを見つけられない場合は、それが3時間、4時間とさらに時間を食いつくす。

 

 そういう時はきっぱりと諦めて、他のことに時間を使おう。こうやって締め切り前に必死にエッセイを書かないように。

 

 しかし、これが「自分の生きがい」と感じることだったら。

 

 僕は音楽家として楽曲をリリースしたり、ライブをしたことがない。文筆家として書籍を出版したこともない。画家として個展を開催したこともない。

 なので、才能やセンスよりも「経験値」が無いので、存在を仕分ける以前の人間だ。「○○をやっても、芽も出ない状態だから…」と諦めるきっかけがない状態の僕が、技術と才能が判断基準の夢を「続ける」か「諦める」かの選択をすること出来ない。

 自分には才能があるのか、技術があるのか、存在価値があるのか、もがいてももがいても苦しいこの状況にあの歌詞を思い出す。

 

 「『夢』別名『呪い』で胸が痛くて」

 

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【エッセイ】#82『救助映像』

 僕は相変わらず孤独な人生を送っている。

 「孤独」という言葉は自発的に使うのはタブーだが、それにしても僕の周りは発展しない。

 ある人は友達や恋人という存在に頼り、ある人は孤独という事実を噛みしめてストイックに生きる。

 僕の場合、映画などの映像作品のキャラクターやワンシーンに共有して孤軍奮闘している。

 

 2020年12月現在、自分の人生の支えになっている作品は「星野源のひとりエッジ」「ブルース・ブラザーズ」「ストップ・メイキング・センス」「ジョーカー」の4つだ。せっかくなので、ひとつひとつ語ろう。

 

 まずは「星野源のひとりエッジ」

 これは星野源が2015年8月12、13日の2日間武道館で行われた一人っきりの弾き語りライブ。その模様が収録されたライブDVDが星野源の4thアルバム「YELLOW DANCER」の初回限定版に収録されたのを、当時高校生だった僕はなけなしの小遣いで買って初めて星野源のライブをテレビ越しに観て、衝撃を受けた。

 簡単に言えば「こういうことしたい!」という具体的な目標と憧れを浴びるように感じた。しかし、それはやりたいことを見つけた希望でもあるが、星野源が自分のやりたいことを次々と実現しているという失望でもある。

 その事実は今でも僕の課題でもあるが、それよりもこの作品を初めて観て音楽の道に進もうと決めた野心がたまに見返すと蘇る。

 「星野源のひとりエッジ」は音楽への「きっかけ」を何度も与えてくれる大切な作品だ。

 

 「ブルース・ブラザーズ(The Blues Brothers)」も星野源がきっかけで知った作品でもある。

 「ブルース・ブラザーズ」とは、1980年にジョン・ベルーシダン・エイクロイドが主演のコメディ映画で、30年経った今でも愛される名作だ。

 「YELLOW DANCER」が発売させた頃、アルバムの宣伝のため星野源が各メディアに出演した。アルバムのコンセプトが「日本人ならではのブラックミュージック(通称「YELLOW MUSIC」)」ということで、星野源は「ブラックミュージック」の魅力を語っていた。その中でも度々名前に挙がるのが「ブルース・ブラザーズ」だった。

 すぐに中古のDVDを購入して鑑賞した。

 抜群のリズムとノリ、そして型にはまらない唯一無二の音楽、この作品で僕は「ブラックミュージック」を学んだ。

 当時の僕は世間の流行ソングに疑問を持ち、自分が生まれる前の1960-90年代の歌謡曲や洋楽を好んで聴いていた。しかし、ロックやJ-POPなどの「ジャンル」の好みまでは分からなかった時に、「ブラックミュージック」という言葉を知った。

 自分の好きな音楽を的確に知れたことや、日本の歌謡曲文化にブラックミュージックが関係していることなど、僕の中での音楽歴でひとつのターニングポイントと言える作品だ。

 

 「ストップ・メイキング・センス」と「ジョーカー」は最近観て感動した作品だ。

 「ストップ・メイキング・センス(STOP MAKING SENSE)」とは、1974年に結成されたアメリカの人気バンド、トーキング・ヘッズが1983年12月にロサンゼルスで公演されたライブの模様を「羊たちの沈黙」で知られるジョナサン・デミ監督が収めたライブフィルム。

 「ジョーカー(JOKER)」は昨年公開されたホアキン・フェニックス主演の話題作。

 

 「ストップ・メイキング・センス」は、ライブの構成やデヴィッド・バーンの自由奔放なパフォーマンスが魅力だ。

 最初にデヴィッド・バーンが名曲「Psyoho Killer」を弾き語り、ティナ・ウェイマス、クリス・フランツ、ジェリー・ハリスンとバンドメンバーが一曲終わるたびにライブに加わり、最後にはサポートメンバーやダンサーを含めてどんちゃん騒ぎになる演出は何度見ても凄味を感じる。

 また、同年発売された同名アルバムをライブアルバムの中でも音楽の魅力が詰まった名盤で何度も聴いている。

 

 「ジョーカー」は、今まで観てきた映画の中で一番主人公に感情移入出来てしまう。主人公で後のジョーカーであるアーサーは、売れないコメディアンで環境にとにかく恵まれない。周りの人に馬鹿にされ、暴力を振るわれ、悲劇の道を歩んでしまう孤独な主人公に始めて観たときにパズルのピースがぴったりハマったように衝撃を受けた。

 また、1940-60年代に活躍したフランク・シナトラの楽曲「That's Life」は劇中でも何度も流れる名曲で、この曲を聞くと自分の中の狂気的な内面をエネルギーに変えてくれる。

 

 これからもこのように自分を助けてくる作品に出会うだろう。

 そして、また僕は孤独なのだろう。

 

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【エッセイ】#81『バナナ』

 目の前にバナナがある。

 

 僕はバナナが嫌いだ。

 ある日突然、独特な匂いや食感、バナナの全てを嫌いになっていたが、なぜか目の前にバナナがある。

 食べ物の好き嫌いを克服するのも悪くないが、ここは少しバナナについて考えてみることにしよう。

 

 バナナといえば、黄色。

 「マジカルバナナ」というゲームがこの世にある以上、このイメージが払拭されることはないだろう。

 だが、フルーツの盛り合わせの塗り絵をする場合、黄色担当がバナナなのは何故だろう。レモンでもパイナップルでもいいのに、なぜバナナなのだろう。

 他のフルーツには無い、細長い形状かつ身近な存在なのが採用の決め手だろう。

 

 バナナといえば、下ネタ。

 しかし、単純に股間付近にバナナを持ち下品な笑いより、今の時代は「デザイン」になりつつある。無地な背景に、バナナを置くだけで嫌気が無い隠語、エッセンスになる。

 

 バナナといえば、バナナマン

 金曜日の夜は「バナナムーンGOLD」が恋しいリスナーの身として、バナナマンの二人を語ると、いくらでも話せる気がするが、この話は別の機会に。

 今でも覚えているのが「バナナマン」の名の由来がカッコいいことだ。

 日本人は時に「黄色人種」と侮辱されることがある。それを設楽統が「外見は黄色(黄色人種)でも、一皮むけば白人のように振る舞う日本人」にちなみ、「バナナマン」と名付けた。

 

 僕は「黄色人種」を意識した人物が好きだ。

 「YMOYellow Magic Orchestra)」も、「THE YELLOW MONKEY」も、「イエローミュージック」というコンセプトを掲げている星野源も、「YELLOW」と名付けた理由に「日本人ならではの音楽」を意識した経緯がある。

 こういう人たちは、やっぱりカッコいい。

 

 目の前にバナナがあるだけでこんなに考えられる自分は、少しおかしい。

 しかし、今の状況はもっとおかしい。

 

 だって、目の前にバナナなんて無いのだから。

 

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