鷲尾翼のブログ

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音楽の話や連載エッセイ、ラジオの放送後記を随時アップ!

【エッセイ】#15『ほどほど/ブルーバレンタイン』

 僕はその人を好きか嫌いかを仕分ける度合いが極端で苦手だ。

 例えば、優しい人や面白い人など「好きなタイプは?」と聞かれたら当然のように上位に挙がる性格の人は人間として好きだ。だが、そんな今まで好きだった人でもちょっとした食い違いがあればいつの間にか嫌いになってしまう。

 

 なので、僕が心がけていることは「ほどほど」だ。

 しかし、ほどほどという姿勢は難しい。冷酷にリアクションを取らないというわけでもないし、過度に好意を持ってもいけない。

 よく落ち着いている人や物音に動じない人がいるが、あういう人は、ほどほどの達人だ。

 

 僕は今、ほどほどを得るために修行中だ。

 それまでの僕は、極端な好き嫌いで気が付けば好きなものが無くなってしまう。好きな音楽のジャンルもそのとき流行っているものも、何故か嫌いになっていた。

 今思えば、それは民度が高さから生まれる恥ずかしさから距離を置くようになった結果だと思う。

 

 巷で流行っているものは、今でも苦手だ。

 なので、流行とは程遠いものを好む傾向がある。

 

 高校時代には、一人だけ1960年代から90年代の歌謡曲、俗に言う「懐メロ」をよく聞いていた。周りがそのとき流行っている食べ物を食べていると、吐き気すら感じていた。

 最後にやったテレビゲームがスーパーファミコンだったりと、僕は本当に平成10年生まれなのかと今でも疑う時代遅れな奴だ。

 

 そんな時代遅れから生まれる孤独を、僕自身を貴重な存在と過保護に錯覚している。今でもその壁は高々と聳え立っているせいか、自分自身の貴重性に、世間の流行を不覚にも取り入れてしまうことが怖いのだ。

 流行を克服するよりも、世間の若者文化を認知するほうが、拒絶してしまう。

 

 だからこそ、ほどほどでいたいのだ。

 ほどほどな距離間を理解しつつある今、あの頃の過度な貴重性の原因は、相手に対する過度な期待、それ故の嫉妬や妬みだ。

 相手の好みが変わっても、相手は相手でしかない。僕がどんだけネチネチと密な距離間で嫌悪感を抱いても、相手は変わらない。

 そんな時にほどほどな気持ち、距離間でいればここまで闇を抱えることはない。むしろ、自分も変わるきっかけとも思える。

 

 けど、僕は巷の流行とは距離を置きたい。

 ほどほどに過ごしたいだけなのだ。

 

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【本日の映画】
ブルーバレンタイン (字幕版)

ブルーバレンタイン (字幕版)

  • 発売日: 2015/03/13
  • メディア: Prime Video
 
制作:2010
あるカップルの出会いから結婚、そして破局までを描き、サンダンス映画祭カンヌ国際映画祭など世界各地の映画祭で注目されたラブストーリー。10年以上も脚本を練り上げたデレク・シアンフランス監督による、愛が終わる痛みを巧みな演出で紡いだ切ないストーリーが胸に迫る。
 
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【エッセイ】#14『敗北の正体/リトル・ミス・サンシャイン』

 僕はたまに負ける意味を考えてしまう。

 

 負けることは、悔しい。

 日常をのんびり過ごしているつもりでも、仕事場で怒られたり、飲食店で自分が頼んだものだけ遅れてきたり、雨の日に傘を差して一方通行の細い道を歩いていたら、向かい側に知らない人がスマホ片手に同じように傘を差して歩いてきて、仕方なく傘を閉じて道を譲ってずぶ濡れになったり。

 悲しいことだが何気ない日常は、敗北で溢れている。

 

 僕は音楽家、文筆家、芸術家として様々な創作活動をしている。

 ある時は楽曲製作に励み、ある時は試行錯誤しながら一枚を絵を完成させる。そして、こうやって文筆業をしたりもする。他にも趣味の映画鑑賞に対して、映画感想を投稿したり、ラジオブログもしている。

 周りの人より少しだけ創作活動をしているつもりだが、この手の活動は「結果」を出さない限り、負け犬に過ぎない。

 

 負けてばかりの現実に正直背を向けたくなる。人によっては、負けた事実を忘れるために暴飲暴食を繰り返したり、ギャンブルの沼に足を踏み入れたり、自分を傷つけてしまうことがある。

 しかし、「敗北」にも自分の糧になる場合もある。

 

 テレビで活躍する人気者や、国の代表として走るスポーツマンなど憧れの的になる人は皆、敗北を何度も経験している。

 己のスキルを向上するきっかけのほとんどは、敗北を経験したときだ。恥ずかしいほど負けて、涙を流して、それを怒りに変えて、次の目標にする。それを一歩一歩階段のように踏み進めると、気づけば憧れた人と肩を並べる立派な一人となる。

 

 よく人気者は努力に対して「自分は何もやってない」と謙虚な発言をする場面が多いが、実は違う。

 例えば腹筋10回を毎日していると、当然だが腹筋していることに飽きてしまう。ある人は腹筋をすること自体を辞めてしまうが、ある人は腹筋を20回と回数を増やしたり、スクワットや腕立てなど他のことを足して継続する。

 気付けば腹筋10回することに5分もかからなかったが、それを同じ感覚で様々な筋トレを1時間かけて行う。

 そうすると、周りからはものすごく筋トレ熱心な人に見えるが、当の本人は腹筋10回程度と思っているため「自分は何もやってない」と謙虚になる。

 

 もちろん、「やるか、やらないか」の二択を提示された時、諦めることも一つの手だが、周りにいる仕事が出来る人、運動が出来る人、自分には持ってない凄味を感じる人は皆謙虚な姿勢で敗北を味わっている。

 

 ここまで長々と語っているが、現状僕は負けてばかりの負け犬だ。

 その証拠にこの文章も締切を守らず、ダラダラ過ごしていて、公開される金曜の昼に間に合うように朝の8時に急いで書いている今日この頃だ。

 おかげで、今日のタイムスケジュールは大幅に変わりつつある。

 

 今日も負けながら、日常を過ごす。

 

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【本日の映画】
リトル・ミス・サンシャイン (字幕版)

リトル・ミス・サンシャイン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
制作:2006
サンダンスを始め、多くの国際映画祭で、スタンディング・オベーションの絶賛を受けたロードムービー。美少女コンテストのクィーンを夢見る少女とその個性的な家族が、黄色いワゴン車に乗ってコンテスト会場を目指す姿を描く。
 
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【エッセイ】#13『スパイの掟/007 スカイフォール』

 「スパイ」という職業は男なら当然憧れる。

 スーツ姿で華麗に敵を倒し、見たことないアイテムを使いこなし、サイバー攻撃でハッキングしたり。何より極秘に活動するミステリアスなイメージが、スパイという職業の魅力を掻き立てる。

 当然だが、僕はスパイにはなれない。だが、妄想の世界では別だ。

 

 僕はある組織の一員だ。

 黒いスーツ、黒いネクタイ、こだわりの革靴を着こなしながら、今日も見知らぬ国のどこかで密かに極秘のミッションをクリアしていく。

 まぁ、簡単に言えば「スパイ」だ。

 

 僕にとってこの職業は、一度死んだようなものだ。

 それまでの僕は名前があった。これを読んでいるあなたと同じように、名前があり、住所があり、Amazonで簡単に買い物が出来た。しかし、今は足跡を消していく毎日だ。初めは名前と家を失い、家族を失い、ネット上に残る全てのアカウント、履歴を消した。

 

 「5W1H」という言葉を知っているか。

 「When(いつ) Where(どこで) Who(誰が) What(何を) Why(なぜ)したのか?」を意識すると、ワンランク上の社会人になれるという。

 しかし、この「5W1H」とは対極の立場に僕はいる。

 

 一度死んだ僕だが、やはり死は怖い。

 今こうやって文章を書いている後ろで拳銃を構えられているかもしれない。試しに振り向いてみたが、この場所は安全みたいだ。

 これまで何度も銃声が飛び交う現場に遭遇したこともあるし、何度も命の大切さに気付かされる。

 

 今、何気なく飲んでいるコーヒーも、後何度味わえるのだろうか。

 何度この素晴らしい景色を眺められるだろうか。

 何度好きな音楽を聴けるだろうか。

 

 今、僕が生きているのは、どこか悪あがきのように思えるが、そんなわがままもどこか愛おしい。

 一度死んだ僕だが、誰よりも生きていたいようだ。

 

 その時、背後から硝子の割れる音がした。

 その直後、目の前が赤く染まり、僕は死んだ。

 

 スパイが日頃の感謝をし始めたら、暗殺される。これもスパイの掟だ。

 どうやら、僕はスパイには向いていないようだ。

 

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【本日の映画】
007 / スカイフォール (字幕版)

007 / スカイフォール (字幕版)

  • 発売日: 2014/02/26
  • メディア: Prime Video
 
制作:2012
007のコードネームを持つイギリスの敏腕諜報員、ジェームズ・ボンドの活躍を描くスパイ・アクションのシリーズ第23弾。上司Mとの信頼が揺らぐ事態が発生する中、世界的ネットワークを誇る悪の犯罪組織とボンドが壮絶な戦いを繰り広げる。
 
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【エッセイ】#12『猟奇的な教育/タクシードライバー』

 孤独は時に猟奇的だ。

 

 人からどう思われようとも構わない。それに、考えていることは嫉妬と妬み、苛立ち。時にそれは殺意へと変わり、一歩踏み外さばシリアルキラーの仲間入り。

 要は、孤独は殺人鬼予備群とも言える。

 

 僕はそんな予備群の重症者のひとりだ。

 ムカつくことがあっても、愚痴を聞いてくれる友人などいない。傷だらけの心や疲労を吐露しても同情などしてくれない。しかし、嫉妬や妬みは日に日に募るばかりだ。

 ここ最近はまさにピークな状態で、歩む道を一歩一歩間違えないように慎重に、ストレスで精神が参ろうとも冷静に一日を生きている。

 だが、隙あれば殺意も湧いて来る。

 

 鋭い刃物で刺そうか、毒でジワジワ苦しませようか、思い切って額に目掛けて拳銃で撃とうか。多種多様なシチュエーションを考えてしまうが、あくまでもそれは空想で留めている。この一歩で人生が変わってしまうことは百も承知だ。

 そんな空想は誰かに怒られたり、街中でイラっと来てしまった知らない人に遭遇したときに繰り広げられるが、空想を終えた後に思うのは、人の命はものすごく一瞬だ。

 仮に、僕が拳銃をポケットに忍ばせてあって、苛立つ瞬間に遭遇した場合、さっきまで怒気を帯びていた人が、血潮を浴びて動かなくなる。ホアキン・フェニックス主演の映画「JOKER」のラストシーンのロバート・デ・ニーロの姿を想像してくれたら、お分かりいただけるだろう。

 その時には爽快感と背徳感を疑似的に感じるが、それはシリアルキラーにとっては快感と捉えるだろう。

 しかし、僕の場合あくまで空想の世界で、血潮を浴びていたアイツが蘇り、なお怒気に満ちる。これが現実だ。

 

 今書いたことを軽く読んでいるところだが、かなり猟奇的だ。しかし、こんなことを思っても誰も何も思わない。

 これが、孤独が生む悪循環のひとつだ。

 

 人間が何かを学ぶとき、何かを見様見真似で真似たり、勉強したりするが、そのひとつに評価されることも重要だ。

 自分が最高だと思って提供したとしても、受け手の評価はそれぞれで、ある人は褒めまくるかもしれないが、ある人は恐ろしく馬鹿にしてくるだろう。ましてや、多くは平均的な可もなく不可もない心無い評価をしていく。

 そんな多方面な意見を素直に聞き、何がダメだったのかを考え、学ぶことを「教育」だと思う。

 

 その教育の場面が、猟奇的な空想の世界では通用しない。

 だから、孤独は永遠なのだ。

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【本日の映画】
タクシードライバー (字幕版)

タクシードライバー (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
制作:1976
ニューヨークの夜を走るひとりのタクシードライバーを主人公に、現代都市に潜む狂気と混乱を描き出した傑作。この映画に影響されてジョン・ヒンクリーがレーガン大統領暗殺未遂事件を起こした。
 
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【エッセイ】#11『選択の末、孤独/グッドフェローズ』

 「僕は孤独だ」

 生まれてから23年と人より少ない人生だが、この悲壮感漂う言葉には何度も見てきたし、何度も言った。あまりにも「孤独」という言葉を使い過ぎているので、最近自虐表現を避けていたが、気が付けば挨拶代わりに使ってしまう。

 多分、これからも孤独の人生を送るだろう。

 

 しかし、最近ふと思う。

 僕は今まで孤独の人生を送っているのは、生まれながら孤独という生涯の代償を払って今日まで生きてきたと思ってきたが、それは少し違うと思ってきた。

 僕は生まれながら孤独なのではなく、周りの人間関係を裏切った結果なのではないか。

 

 これから自分の人生を自分で自傷していくが、ひとつ言っておきたいことがある。

 人間生きる上で、目に見える人全てが善意がある人とは限らない。人の気持ちを考えない残酷な奴もいる。そういう奴から受けた屈辱で自分を責めることはしてはいけない。

 これは僕が日々を生きるために、自分の愚かさを反省する時間だ。

 

 僕は小学校、中学校、高校と合わせて12年間いじめられてきた生粋のいじめられっ子だ。

 この一文をよく自己紹介で軽く話してきたほど自分の内面や過去を話す上で便利なエピソードだったが、よく考えてみると自分が悪いと思うことばかりだ。

 

 この12年間の中で友達はいたし、何度も遊んだ。

 進学を理由に疎遠になってしまった友人もいるが、よく考えてみると自分の未熟さ故に友人という関係性でいられなくなった人の方が多い気がする。

 特に感じていたのは、周りの社会性の差だ。

 他の人は成長すると同時に社会性が自然と身に付き、大人になっていくが、僕はなれなかった。そのせいで、精神的にも臆病になり、何でもかんでも「いじめ」と思い、優しく声をかえてくれた友人の手も怖くなった。

 もちろん正真正銘の「いじめ」も受けたが、それ以上に自分の誤った判断から生まれた代償が大きかったと今となって思う。

 

 こうして今孤独に生きているが、まだ人間関係というものは怖い。

 バイト先で仲良くしてもらっている一回りも二回りも年上の先輩との関係も、今のフラットに話せる関係性より、その先の別れを意識してしまう。

 僕にとって人間関係は出会った時から「別れ」が付き物だ。

 

 僕は「孤独」を否定も肯定もしないが、今の暮らしはどこか平和だ。

 しかし、もし友人や恋人と過ごす時間がある人生を送る選択肢を歩んでいたらと思うと、僕の人生はつまらないものだ。

 

 僕は孤独だ。

 きっとこれからも、孤独だ。 

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【本日の映画】

グッドフェローズ (字幕版)

グッドフェローズ (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

監督:マーティン・スコセッシ
出演:レイ・リオッタロバート・デ・ニーロジョー・ペシなど
制作:1990
実在の人物をモデルに、少年の頃からギャングに憧れ、その仲間入りを果たした一人の男の波瀾に満ちた半生を、主人公のモノローグを織り込みながら描いた犯罪ドラマ。

 

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【エッセイ】#10『午後3時30分/ユージュアル・サスペクツ』

 ある日の午後3時30分。

 僕は「嘉志摩」という無人駅に足を運んだ。

 

 足を運んだというより、僕が駅の乗り継ぎを間違い、仕方なく嘉志摩駅に降りただけだ。しかし、嘉志摩の景色は自然豊かなものだった。

 澄んだ風になびく鮮やかな木々、昨日は雨が降っていたせいか鳥の鳴き声とともに蛙の鳴き声が聞こえるのも、また心地いい。

 本来、訪れるはずがなかった嘉志摩。久々に味わう自然に惹かれ、改札を通り嘉志摩の街に触れることにした。

 

 改札を抜けてすぐの待合室に、今の時代には珍しいブラウン管のテレビが置いてあった。茶色いボディに斜めに伸びるアンテナ、実際テレビやラジオなどが聞けるわけもないが、インテリアとして、渋谷のハチ公のように嘉志摩の街を見守っていた。

 ここで本を読むのもいいが、せっかく嘉志摩に来たんだからと古き良きブラウン管のテレビとは暫しの別れをした。

 

 街には意外にも黄色が目立ったいた。

 嘉志摩の街をアピールするポスターも、ブドウ畑のネットも、道端に咲く小さな花も鮮やかな黄色をしていた。僕が歩いた場所が偶然にも黄色に恵まれていたかもしれないが、僕は昔から黄色が好きだ。

 日本人は黄色人種と差別され、「YELLOW MONKEY」という差別用語もある。僕の好きな人はそんな侮蔑をユニークに切り替え、あえて「YELLOW」という単語を意識したテーマやバンド名を使っている。

 そんな差別を比喩に置き換え、面白いことを生み出す黄色の力は偉大だ。そんなことを嘉志摩の街でふと思い出した。

 

 木々が生い茂る抜け道を通り抜けると、小さな神社があった。

 僕は趣味で神社仏閣を巡ることが好きなので、早速財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に入れ、二礼二拍一礼で日頃の感謝を伝えた。

 老朽化が進み、今にも柱を一本が崩れそうなほどボロボロな本殿だが、嘉志摩の街にポツンをあるこの神社は、どこか守り神のような安心感があった。僕は帰り際、こっそり賽銭箱に五円玉をもう一枚入れ、神社を後にした。

 

 日が沈み、そろそろ時間と思った頃、一人の老人が向こうから話しかけてくれた。実は、この老人に会うまで嘉志摩の街に人がいないことが不思議だった。

 嘉志摩の街について軽く談笑をした去り際、老人からこう言われた。

 「君は嘉志摩の街を見ていない、触れてもいない」

 そう言い残し、老人と別れ、お互いゆっくり歩き始めた。

 

 まだまだ知らない嘉志摩の街があるのかと思い、ふと時計の時刻を見ると午後3時30分だった。

 僕はまだ電車の中にいた。

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【本日の映画】

ユージュアル・サスペクツ (字幕版)

ユージュアル・サスペクツ (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

監督:ブライアン・シンガー
出演:ガブリエル・バーン、スティーヴン・ボールドウィンベニチオ・デル・トロ、ケヴィン・ポラック、ケヴィン・スペイシーなど
制作:1995
回想を効果的に用いた脚本で、謎多き事件を描いた作品。脚本を担当したクリストファー・マッカリーは本作でアカデミー脚本賞を受賞した。また、ケヴィン・スペイシーは本作でアカデミー助演男優賞を受賞している。

 

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【エッセイ】#09『創造と破壊を貫く脳内/マルコヴィッチの穴』

 僕の頭の中には少なくとも3人居る。

 音楽家、文筆家、芸術家と三足の草鞋を履く人間として、脳を使い分けている気がする。

 

 音楽家としての頭の中にいる人間の名前は仮に「オンガク」としよう。

 オンガクは、とにかく気分屋だ。

 ギターを手に取ったり、キーボードに手を置いたときにはオンガクは腕を捲りながら脳を支配する。オンガクは楽譜を読めないので、スマホで気分に合わせた好きな音楽を流して、その音楽に合わせて耳コピに近い状態で楽器を演奏する。

 それは気づけば30分、1時間と楽器を弾き続ける。昨日まできっちり時間を割り当てて決めた綿密なスケジュールもオンガクのせいで、大概崩れてしまう。

 しかし、終わりは急に訪れる。

 急に倦怠感を深く感じ、さっきまで心地よく聴いていた音楽も聞き苦しいものになる。簡単に言えば「飽きた」状態だ。

 その時には、オンガクはもう脳にはいない。

 

 次に、文筆家として。名前は「ブンピツ」としよう。

 ブンピツは、集中力が他と比べて高い。今、こうやってパソコンとにらめっこして文章を書けているのは、ブンピツのおかげだ。

 しかし、その集中力を発揮するには条件が必要だ。

 机の上にはパソコンとその周辺機器、そして飲み物。それ以上置いてはいけない。スマホタブレットが手元にあったらブンピツはそっぽを向いてしまうだろう。

 そして、無計画に文章を書いたりしない。

 ブンピツが何をテーマに書いて、何を伝えたいのか。それが決まるまで腕は組んだままだ。そして、準備が整ったら一気に書き進める。

 これが、ブンピツの集中力の秘訣だ。

 

 最後に、芸術家として。名前は「クリエイト」だ。そのままカタカナに変換するのはここまでくるとアイデアが枯渇しているのかと疑われてしまう。

 

 ここで、あるカミングアウトをしよう。

 実は、オンガクとブンピツは兄弟で、その親がクリエイトだ。

 

 クリエイト家の家訓はただひとつ。

 「創造と破壊」だ。

 何もない状態から、音や言葉、色や形を組み合わせて「創造」していく。しかし、これでは作品として綺麗すぎてしまう。人間でも100%の完璧な人間がいたら、憧れより不気味で、まるでロボットに感じるだろう。

 そのために、「破壊」が必要なのだ。

 完璧な芸術に対して、どんな形で壊していくか、どんな形で汚していくか。こうして生まれた作品は、紛れもないその人の芸術であり、個性だ。

 

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【本日の映画】
マルコヴィッチの穴 (字幕版)

マルコヴィッチの穴 (字幕版)

  • 発売日: 2014/03/15
  • メディア: Prime Video
 
制作:1999
スパイク・ジョーンズの長編デビュー作で、“俳優ジョン・マルコヴィッチ”の頭へとつながる穴を巡る不条理コメディ。その奇想天外な脚本が受け、脚本を担当したチャーリー・カウフマンは数々の賞を受賞した。
 
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