鷲尾翼のブログ

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音楽の話や連載エッセイ、ラジオの放送後記を随時アップ!

【エッセイ】#34『貴重で突然な休日/ローマの休日』

  「休日」という時間は非常に貴重だ。

  普通の社会人は土曜日と日曜日、この週休2日をどう過ごすかその人次第だが、自由の中のセンスを問われる。

 

  僕の場合、バイトが週に4日あるので、休日は三日間だ。

  しかし、毎週金曜日は映画館に行くことが多く、その趣味を「映画感想」という活動にしている。

  そうすると、金曜日も出勤しているのと同等だ。さらに、週に二回の洗濯や部屋の掃除、その他諸々を考えると、朝起きてから寝るまで何もしない日という時間は激レアな経験なのだ。

  しかも、その日は突然訪れる。

 

  ある日の夜勤のバイトが終わった帰宅後、その日は映画感想の執筆をする日だった。

  というのも、この日に執筆活動をしないと次に出来そうな日が一週間後。週に5本ほど映画を観る僕は、映画一本の感想文を書く労働力を知っているので、この日に執筆活動をしないと残業が確定してしまう。

  なので、僕はその日必死に映画感想を書きまくった。

 

  そして、翌日。

  僕は深夜2時頃に起床して、最近始めたジムに向かおうとすると、猛烈な雨風が窓越しから見えてしまった。その日は洗濯物を干した後、映画館で映画を2本ほど観る予定だったが、この光景を見た瞬間、その日の予定が白紙になってしまった。

  とりあえず、洗濯物を大きめのボストンバックに詰めて、暴風雨の中、近くのコインランドリーで乾燥機にかけ、その足でジムで筋トレをした。だが、僕のこれからの予定は、乾燥した衣類を畳んで終了してしまう。

  不思議なことに、あれほど時間を欲していたのに、いざ突然ポッカリと時間が空いてしまうと無力になってしまう。

 

  時刻はすっかり朝の8時になったが、相変わらず悪天候だ。

  仕方なく、その日観る予定だった映画のジャンルに近い作品を調べて、Netflixで映画を2本ダラダラ観た。

 

  しかし、時間はまだまだ余裕がある。

 Netflixでもう一本観るのもいいが、僕は「今しか出来ないこと」を少し考えた。

 

  悩んで、悩んで、悩んだ結果、僕は寝てしまった。

  頭の中で色々考えすぎて、パソコンが熱暴走で強制的にシャットダウンするように、知らないうちに寝てしまった。しばらく夢だと気づかない時間が続き、時間が巻き戻るかのように勢いよく起きると、ちょうど日付が変わる午前0時頃だった。

 

  僕が最後に覚えている時間は、少なくとも夕方になるかならないかの午後3時頃だ。

  あの大切にしようと思っていた9時間という時間を一瞬で失った失望感を冷や汗と共に感じたが、それ以上の問題が起こった。次の予定まであと10時間もあるが、何をしたらいいのか分からない。

 

  僕はまた少し考えて、また寝た。

 

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【本日の映画】

監督:ウィリアム・ワイラー
出演:グレゴリー・ペックオードリー・ヘプバーンなど
制作:1953

イタリアのローマを表敬訪問した某国の王女と、彼女が滞在先から飛び出し一人でローマ市内に出たとき知り合った新聞記者との1日の恋を描いている。トレヴィの泉や真実の口などローマの名だたる観光スポットが登場する。新聞記者をグレゴリー・ペック、王女をオードリー・ヘプバーンが演じている。

 

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【エッセイ】#33『フラッシュバック/アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』

  僕はフラッシュバックに悩まされるている。

  人間誰しも、過去に過ちを犯す生き物だ。仕事での失敗や失恋、些細な喧嘩も思い出すと自分を責めてしまう。こういう嫌な思い出は思い出したくても中々思い出せないもので、何気ないことで急に思い出し、奇襲される。

  僕が一番多いフラッシュバックは高校時代の出来事が多い。

  我ながらこの時期が刺激と後悔を経験した時期だと思う。週に一回は「ああすれば良かった…」「こんなことしなければ…」と登下校の電車の中で後悔していた。その多くは人間関係だ。

 

  例えば、いつもの帰り道。

  ポツンと一人教室で一時間に一本来るか来ないかの田舎電車を待っている時、突然クラスメイトの女子が話しかけてきた。その人は電車が一緒とは知っているが、お互いそんなに喋ったことがない程度。そんな女子が話しかけてくれたことは今でもめちゃくちゃ嬉しかった。

  しばらくして「一緒に帰ろう」と言われ、もっと嬉しかった。

  嬉しくて、嬉しくて、帰る気満々のあの子に僕はなぜか断った。若気の至りと変なキザな気持ちが混ざり合い、もう一時間教室で待つことになった。

  今でも悲しい背中で帰るあの子が忘れられない。

 

  このような不慣れな人間関係、異性との向き合い方で起こった後悔が山ほどある。

  しかし、そんな後悔がある日突然、襲い掛かる。

 

  先ほどのエピソードは「断る」というシチュエーションで発動する。

  コンビニで女性の店員に「お箸は要りますか?」「袋は大丈夫ですか?」と丁寧に話しかけてくれたのに、会話のテンポが合わずに普通に断ればいいのに「あっ、えっとー大丈夫です…」と不器用に答えてしまうことが多々ある。会計を終え、自動ドアを出る頃に、フラッシュバックが発動してしまい、どんなに好きな音楽を聞いても、どんなに天気が気持ち良くても、その帰り道はあの後悔した話で頭が埋め尽くされる。

 

  このフラッシュバックは日常会話でよく使われる動詞のほとんどが発動条件だ。

  「出かける」「帰る」「歩く」「食べる」「寝る」「料理をする」「洗い物をする」数え切れないフラッシュバックに悩まされ、今後も後悔する日々は上書きされ、フラッシュバックと向き合う時が多くなるだろう。

 

  過去という存在は非常に厄介で、辛辣だ。

  だからこそ、逃げずに向き合わなければいけない。

 

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【本日の映画】

監督・脚本:リチャード・カーティス
出演:ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムスなど
制作:2013
タイムトラベルの能力を持つ家系に生まれた青年が意中の女性との関係を進展させようと奮闘する中で、愛や幸せの本当の意味に気付くヒューマンコメディー。『ラブ・アクチュアリー』などで知られるラブコメに定評のあるリチャード・カーティス監督が、恋人や友人、家族と育む何げない日常の大切さを描く。

 

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【エッセイ】#32『ナルドマクド/パルプ・フィクション』

  ベーコンレタスバーガーを一言で表すと、食べやすいビッグマックだ。

  僕はビックマックを食べるのが下手くそで、よく中の野菜をボロボロこぼしながら食べて、毎度自分の汚さにうんざりする。けど、ビックマックの味が欲しいとき、メニューの中で1番味が近いのが、ベーコンレタスバーガーだ。

  確かにボリューム感はビックマックに比べたら負けてしまうが、品はベーコンレタスバーガ–に勝る。ビックマックのソースと野菜をギュッとしたのが、ベーコンレタスバーガーだ。後、通なバーガーを食べている優越感で上機嫌になれるのも、魅力だ。

 

  人生の変化は意外な場所で気づくことが多い。

  最近聴く音楽のジャンルが流行りのJ–POPからFUCK多めのHIP–HOPに変わったり、好きな食べ物が和食からクセ強めのパクチー料理に変わったり、思い切って職を手放し、新しい道を目指す時もきっかけは意外なタイミングが多い。

  中でも知らず知らずのうちに変化を感じる瞬間は、マクドナルドで頼むメニューだ。

 

  マクドナルドの美味しさは店内かテイクアウトでだいぶ変わる。

  店内は出来立ての美味しさを楽しめるが、マクドナルドはずっと混んでいるので、人混みの中で食べるのはやっぱりツラい。一方テイクアウトは、出来立てではないが、住み慣れている家で紙袋から取り出して食べるマクドナルドは別の美味しさが待っている。

  特にこだわりはないが、個人的にポテトでだいぶ左右されると思う。きっと無意識にあのサウンドが鳴り響くかどうかで、優柔不断になる。

 

  現在、僕が頼むメニューはダブルチーズバーガーにポテトのL、スプライトの3点セットが定番になっている。どんなに期間限定のメニューをゴリ押しされても、どんなに気分が向かいの富士そばに誘われそうでも、どんなにマクドナルドが体に悪いという英才教育が体に刷り込まれても、僕はスマイルで待ち構えている店員の前でダブルチーズバーガーとポテトL、スプライトを頼むだろう。

 

  しかし、最近変化を少しずつ感じている。

  ある日、ダブルチーズバーガーがベーコンレタスバーガーになっている日が3回に1回のペースであることに気づいてしまった。いつからベーコンレタスバーガーを知って、いつベーコンレタスバージンを迎えているのかも思い出せないが、ベーコンレタスバーガーの魅力や美味しさは充分語れる。

 

  僕のマクドナルドの歴史は、フィッシュフィレオからビックマックダブルチーズバーガー、そして現在進行形でベーコンレタスバーガーになるだろう。次にマクドナルドに訪れる際は黒いスーツに黒いネクタイを着こなして、スプライトで喉を潤すだろう。

 

  もし、この魅力に文句がある人はMother Fuckerだ。

 

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【本日の映画】

監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
出演:ジョン・トラボルタサミュエル・L・ジャクソン、ユア・サーマン、ブルース・ウィリス、マリア・デ・メディアス、ヴィング・レイムスなど
制作:1994

「レザボアドッグス」のクエンティン・タランティーノによる異色のバイオレンス・アクション。その年のアカデミー賞では7部門にノミネートされ、そのうち脚本賞を受賞した。カンヌ国際映画祭ではパルム・ドールを受賞。その他にも多くの賞を獲得した。

 

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【エッセイ】#31『隠しきれない狂気/時計じかけのオレンジ」

  人間、誰しも怒りや嫉妬、妬みや恨み、悲しみや苦しみに身を任せてしまう狂気を持っている。

 

  僕は今、狂気に満ちている。

  自分でも良くないモチベーションだと思うが、一日生きていればとにかく噛みつき、イライラしてしまう。夜勤のバイト終わった帰り道にふらっとコンビニに入ったチャラい見た目のカップルを見ると「何してんだよっ!」と心の中で自分勝手に怒ってしまう。しかし、声に出してしまうと劣勢の末、警察にお世話になってしまうので、グッと堪えて真っ直ぐ家に帰る。

 

  帰宅後も狂っている。

  息抜きのYouTubeで急上昇になっている動画を確認すると、学生時代のトラウマを思い出すような陽キャラが大半を占めていて、僕の居場所がどんどん無くなっている現状や社会が求めているエンタメの姿を知ってしまい、家の中でも笑顔は消え、ため息と共に怒りと悲しみに狂う。

  そして、狂いながら飯を食い、狂いながら風呂に入り、狂いながら寝る。

 

  勝手に人に噛みつき、勝手にイライラして、勝手に悲しんで、勝手に狂っている僕に足りないのは、純粋無垢な優しい感情、ただそれだけだ。しかし、今の僕には優しさすら、狂気に変えてしまう。

  テレビでも誰にでも優しく接しているタレントや、街を歩けば優しい人は意外と多い。だが、僕はそんな人にすら勝手に奥でグッと堪えている怒りや悲しみ、その狂気を見抜き、目の前の優しさを切り裂いて、狂気を吸い取ってしまう。

 

  そんな僕だが、なぜか周りには「優しい」と言われる。

  その言葉を時に信じて、自分の優しさを試しているが、やっぱり狂っている。それは何故かと考えてみると、狂気を行動のエネルギーにしていないからだ。

  よくニュースでは様々な事件が頻繁に起こっているが、加害者の言葉の多くに「イライラして」という衝動をよく見る。きっと世間を賑わす物騒な事件を起こす加害者は狂気に満ちた僕と同類だ。

 

  そう思うと、僕が言われる「優しい」という言葉にも別の疑いがある。

  僕が気づいてないだけで、周りから見たら狂気が外に滲み出てる状態だが、危険性はない。そんな僕にかける言葉は「優しい」というありきたりな褒め言葉しかないのだ。

 

  その事実を知った今、また狂気が込み上げる。

 

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【本日の映画】

監督・脚本:スタンリー・キューブリック
出演:マルコム・マクダウェル、パトリック・マギー、マイケル・ベイツなど
制作:1971

暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。近未来を舞台設定にしているが、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、映像化作品ではキューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。

 

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【エッセイ】#30『R&Bとの出会い/ブルース・ブラザーズ』

  僕はR&Bが大好きだ。

  改めてR&BをWikipediaで調べると「1940−50年代に発展した黒人音楽の総称で、リズムやビートに乗りながら叫ぶように歌うのが特徴。ブルースやゴスペル、ジャズ、ファンク、ソウル、ディスコなど多種多様な形に派生している。別名『ブラック・ミュージック』とも言われている」と記載されている。

  今思えば、僕は物心があるかないか、はたまた本能でR&Bを求めているような人間だが「R&B」「ブラック・ミュージック」という名前を知ったのは、割と最近だ。

 

  高校生の頃まで遡る。

  今のそうだが、僕が好んで聞いている音楽はあまり共感されない。クラスで流行っている音楽と言えば、ボーカロイドなどネットで爆発的に流行している音楽や、EXILE系のイケイケなダンスグループが歌う曲がほとんどだった。

  そんな中、僕のiPodに入っている音楽と言えば、60年代から90年代の歌謡曲やヒットした洋楽、2000年代の懐メロなど自分が生まれる前の音楽が7−8割が占めていた。特定のアーティストのファンではなく、TSUTAYAやGEOでレンタル出来る年代別に流行した曲を集めたオムニバスアルバムを好んで借りて、聞いていたら世間とは違う少数派の人間になっていた。

 

  しかし、僕はずっとモヤモヤしていた。

  好きな年代の音楽は好んで聞いているが、「好きなジャンルは?」と言われるとイマイチよく分からなかった。

  色んな好きな音楽があるから分からないのではなく、頭が真っ白になるような考えたことがなかった疑問だった。きっと「80年代の音楽」や「歌謡曲」で少し誤魔化してたと思う。

 

  そんな時に星野源が「YELLOW  DANCER」というアルバムを発売した。

  流行歌を避けてきた僕にとって唯一好きなミュージシャンが星野源で、アルバムはもちろん、星野源が結成したインストバンドSAKEROCK」のアルバムを聞いていた。ちょうどラジオを本格的に聴き始めていた頃だったので、星野源は色んな番組にゲスト出演して「YELLOW  DANCER」の楽曲解説をしていた。そこで、星野源の口から「ブラック・ミュージック」という言葉をよく発していた。

  話を聞くと「YELLOW  DANCER」の製作で一番参考にしたのが星野源が昔から好んで聞いていたブラック・ミュージック、R&Bで、ラジオでの楽曲解説ではドラムの音やリズムへのこだわりを熱く語っていたのを覚えている。

 

  「ブラック・ミュージック…⁉︎」

  試しにYouTubeで「ブラックミュージック」と検索をして聞いてみると、今まで聞いていた音楽が霞むほど衝撃的な音楽が次々出てきた。一攫千金の宝箱を豪快に開けたような衝撃と幸福、高揚感に浸り、その衝撃を忘れないように今でもブラック・ミュージック、R&Bの音楽を絶やさず聞いていると思う。

  また、音楽の歴史を詳しく調べると、日本の音楽史にもR&Bが深く影響を与え、その影響が強く出ている年代が60年代から80年代の「歌謡曲」と言われる年代で自分の音楽の知識が次々と線で繋がっていく発見と、自分の耳の確かな自信をたまに確かめている。

 

  僕はR&Bが大好きだ。

  この一言に僕はこれまでの歴史や発見、自分の音楽史の全てが詰まっている。

 

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【本日の映画】

監督・脚本:ジョン・ランディス
出演:ジョン・べルーシ、ダン・エイクロイドなど
制作:1980
アメリカのNBCの人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』の、同名の人気コーナーのキャストとバンドをベースに、ストーリーをつけて映画化したもの。スラップスティックコメディ、アクション、ミュージカルなどの要素が入り混じる。主演のベルーシとエイクロイドの、ブルースやR&Bソウルミュージックなどの黒人音楽に対するオマージュという側面もある。

 

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【エッセイ】#29『すれ違い/マイ・プライベート・アイダホ』

 人は生きている今この時にも、周りとは違う人生を歩んでいる。

 朝目覚ましのアラームと共に起きるのか、二度寝するのか、それともアラームすら設定せずにダラダラ過ごすのか。

 朝ごはんはご飯か、パンか。それ以外か。そもそも食べないのか。

 その日観るテレビ番組、ドラマ、映画、YouTubeなど自分の好きなものを好きな時間に好きなだけ見れば見るほど自分だけの人生が作られ、その道を歩んでいく。

 

 この思想は自分でコントロール出来ないところが厄介で、その被害に多く遭遇するのは人間関係だ。

 

 初対面の人と友人関係になるきっかけは様々だ。

 ある人は同じ仕事場で何か月と一緒にいて、ある日突然些細な話題で意気投合する。またある人は、たった数時間で連絡先を交換する関係性まで築き上げる。

 その人の社交性や人間性はそれぞれだが、人間関係が進展する共通の理由は、互いに共有出来るものがあるかどうかだ。

 

 映画やドラマ、テレビ番組やラジオなどを観たか観ないかだけでも十分な話題になる。また、スポーツを観戦したり、実際にそのスポーツをしたりすること、情報を共有することで進展したりする。

 ここまでは良い話で、恋愛話や結婚話のきっかけとして、あるあるに過ぎない。しかし、この情報を共有することで人間関係が衰退することもある。

 

 「観た」「観てない」は優劣の裁量になる。

 映画だったら2時間、ドラマだったら少なくとも30分の僅かな差が知らず知らずの内にその人との関係性の距離間に繋がる。

 相手より多く情報を得ていれば過度な自信を得てしまい、相手より知らないことを知ると、劣等感を感じて、精神的に参ってしまう。

 

 だから、人間関係は厄介で、突然関係が途絶えるものだ。

 

 しかし、自分を責める必要はない。

 反省するかしないか、その選択だけで人生が変わっていく。

 

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【本日の映画】
制作:1991
ポートランドで男娼をして暮らす青年、マイクとスコット。孤児として育ったマイク、ポートランド市長の息子であるスコット、生い立ちは対照的な2人だが、マイクはスコットに想いを寄せていた。やがて2人は、マイクを子どもの時に捨てた母親を捜す旅に出る。
 
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【エッセイ】#28『こじらせた愛情/(500)日のサマー』

 先日、ある人気俳優がトランスジェンダーと無性愛者であることを公表した。

 僕はこのニュースにどこか親近感があった。

 

 僕は相手の「感情」を受け取ることが苦手だ。

 苦手という表現もまた難しくて、僕の場合、裏の裏を読みすぎる、考えすぎているが故に感情を素直に受け取れない気がする。例えば、相手が笑っていたとしても、それが心無い愛想笑いにも思えるし、笑うことで相手を侮辱する冷やかしにも思える。もちろん、素直に笑ってくれているとも思うが、選択肢が多すぎる。

 「笑う」という数値が100%だとすると、選択肢が増えれば増えるほど50%、35%、25%…と感情自体が薄れていく。

 だから、僕は感情と向き合うことが苦手なのだ。

 

 感情は、喜怒哀楽の他に「愛情」も含まれるので、先ほどの話は愛情にも共通する。ましてや、愛情は他の感情より複雑だが、一番求められやすい感情だ。

 特に愛情表現で使われる言葉が「好き」だ。

 

 「好き」という言葉には「LIKE」と「LOVE」の二種類がある。これだけでも複雑なのに、言葉のイントネーションやシチュエーションで意味が全然変わってくる。

 「好き。」「好き!」「好き?」「好きー。」「好き~。」「好き♡」「好き…」

 この中のどれが「LIKE」か「LOVE」を見極めるのは至難の業だ。

 

 また「大好き」という言葉も別の複雑さを持つ。

 単純に考えれば「大きな好き」という意味だが、大きくなればなるほど信憑性が薄れる。

 「大大大大大大大大だーいすき!」

 見るからにバカップルの表現だ。

 

 ここで終わったらただの童貞のこじらせた言い訳に過ぎないのだが、僕にはもうひとつの悩みがある。

 この悩みこそが、無性愛に繋がると思っている。

 

 それが、恋人と友達の境目が無いことだ。

 僕の友達の最終履歴は中学生なので、古い記憶を遡るしかないのだが、その頃の僕は俗に言う「メンヘラ」だったと思う。

 よく会う近所の友達と少しの時間でもわざわざ時間を作って、友達の家で遊んで、たまに友達の都合で遊べなくなるとすごく悲しくて、怒りすら感じていた。

 やがて、その怒りがその友達と遊ぶことの楽しさに繋がり、次第に遊んでも全然楽しくなくなり、その友達とは知らず知らずに関係性は消滅した。

 

 僕が全然友達が作れないのは、僕のメンヘラ性格が生んだ当然の結果だが、この数少ない人間関係で思うことは「その人といて楽しいかどうか」だ。

 この楽しいという感情は、僕にとっては「LIKE」でもあり「LOVE」でもある。だから、相手が女性でも男性でも、その人といて楽しいのであればわざわざ性別にこだわる必要はないのかなと思う。

 

 しかし、それが世間の「恋人関係」といえる関係性なのか。

 これは「LIKE」なのか、「LOVE」なのか。

 そこに愛はあるんか。

 

 そう考えていると、自分は愛情を求めない無性愛者なのかと、ふと思うが、多分違う。

 

 モテないだけだ。

 

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【本日の映画】
(500)日のサマー (字幕版)

(500)日のサマー (字幕版)

  • マシュー・グレイ・ガブラー
Amazon
監督:マーク・ウェブ
制作:2009
運命の恋を信じる男と信じない女が繰り広げる、ちょっぴりほろ苦くてユニークな恋愛コメディー。ジョセフ・ゴードン=レヴィットふんする男性の視点から、愛する人との異なる恋愛観に翻弄される20代の男のリアルな姿をつづる。
 
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